図書室ではお静かに



 放課後、図書室を訪れた九曜くようの顔を見るや、みどりは強い嫌悪感を露わにした。


「よ。久しぶり。この数日、休んでるって聞いてたから、心配したぞ。ようやく学校来られるようになったんだな」

「…………」


 話しかけてもなしのつぶて。九曜などまるで存在しないかのような態度で、翠は静かに書架へと足を進める。

 だが九曜もそんな態度はなんのその。まるで気にする素振りも見せず、翠を追いかけて、しれっと話を続けた。


「ヘアピンは、まだ変身アイテムのやつを付けたままなんだな。どうだ? あれから怪物ってまた出たりしたか? ゾディアークだっけ。あいつらの残党って、まだこの辺にいると思う?」

「————ッ! そ、そういう話は、人のいるところでしないでください……!」


「なんで? そもそもこっちとしては、ずっと隠してた理由がわからんのだよな。お前が実は魔法しょ——」


 慌てた翠に口を塞がれると、ぐいぐい引っ張られて他から離れた席まで連れて行かれた。九曜が普段から自習に使っていた、離れ小島の特等席だ。

 ここなら二人の会話は、そうそう周囲まで届かない。


「本当になんなんですか、あなたは……! あ、あれだけのことをしておいて、よく平気でわたしに話しかけられますね。常識とか無いんですか?

 ……もちろん、無いから、さ、三股なんてするんでしょうけど」


 椅子に九曜を押し付けたところで、改めて翠は九曜を睨み付けた。


「もう二度と話しかけないでください。わたしは、あなたのことは忘れることに決めたんです」

「じゃあ、俺のことはもう嫌いになっちゃったか」


「あ、×当たり前×でしょう!? 何を今更、まさかやり直せるとでも思ってるんじゃないですよね!? そんなことあるわけ——」

「もちろんそうだけど。ああいや、今のはそういう意味じゃないか。でも、こっちはやり直すつもりなんだけどな。一から、ちゃんと」


 九曜の発言に、まさに信じられないものを聞いたという顔で、翠が凍り付いた。


「本当に……本当に、ふざけないでください……!」


 怒りの言葉。しかし翠の表情は徐々に悲痛へと変わっていき、


「も、もうこれ以上、わたしには……×関わらないで×……! お願いだから……。わた、わたしが、今日までどんなに、辛くて、悩んで、苦しんで————」


 涙をこぼしかけて口をぎゅっと結び、翠はその場を早足で去っていく。

 その様子を、九曜は黙ってただ見ていた。


 それから、


「つくづく残酷だよなあ。この呪い」


 恋に恋する恋の呪毒と、それから自身の能力について。

 ぼそりと一つ、本音をこぼした。



 ◇



「————で、翠は文化祭、どんな出し物する予定なんだ?」

「え。ちょっと待ってください。なんでまだ平然と話しかけてくるんですか」


 先ほどの会話からわずか数分後。

 図書委員としての仕事が空いたところを見計らって、九曜は翠に話しかけていた。


「なんでって言われても、まだ俺、用事終わってないし」

「も、もう話しかけないでって言いましたよね!? わたしの気持ちも、伝えましたよね!? 本当にあなたはデリカシーとか皆無なんですか!??」


「翠の丁寧語って久々だな。ようやく思い出してきたぞ。そういや前はこんな感じだったわ」

「む、無視しないで!? あ、あと、も……もう翠って呼ばないでください!」


 困惑したように怒る翠を前に、九曜はふむと頷く。


「まあ、俺は翠でも百合川ゆりかわでも、どっちでもいいけど。それで、百合川はどうなんだ? 文化祭。やっぱ図書委員の仕事で忙しいとか?」

「い、いえ……図書委員は、展示の受付を交代でやる程度ですけど……」


「じゃあ、それ以外は時間の余裕がある感じ?」

「く、クラスの出し物が、縁日ゲーム大会なので、その案内も交代で……」


「それでも隙間時間は多分あるよな?」

「あ、あるといえば……ありますけど……」


「じゃあ——」

「——それでまさか、一緒に回ろうとか言い出しませんよね!?」


 翠が声を上げたところで、九曜はにっこりと笑う。


「文化祭、一緒に回ろう。百合川」

「嫌です!!!」


 図書室に響き渡った声に自分で気付き、翠が慌てて周囲に頭を下げる。

 それから小声で、九曜に不満をぶちまけていく。


「どうしてわたしが、大事な文化祭で、わたしに黙って浮気してたクズの男子と、二人で出し物を見て回らなくちゃいけないんですか。意味わからないですよそんなの」


「でも、暇だろ? 俺と一緒でもいいじゃん」

「何がでもなんですか!? 前後が繋がってませんよ!?」


「そんなに俺と回るの嫌?」

「い、×嫌に決まってる×じゃないですか! 今更どんな顔して……。というか、他に浮気してる相手はどうするんですか。文化祭のあいだ放置するつもりですか」

「大丈夫だ。別の時間にそいつらとも回るから」


「最低じゃないですか!!」


 また声が大きくなる。

 今度は他の図書委員にも睨まれ、再び翠は謝罪のお辞儀。


 そして九曜を引っ張って、図書室の端まで連れて行った。


「ねえ。もう……やめようよ九曜くん。わたしは×本当に×、×本当に×……もう九曜くんとは、関わりたくないの。忘れたいの。これまでのこと全部。

 わ、悪い人だ。外道だ、下衆だ。とみんなから言われてたけど……ここまでとは思わなかったし、そんな人を一度でも好きになっちゃった自分にも…………」


 九曜に話すというより、自分自身に語りかけるように、翠は言葉を紡いだ。


「……まさか三股も嘘じゃないよね? わたしと別れたいから言い出した、適当な理由だったりしないよね? だ、だとしたら、その原因って……」

「それは本当だし、百合川が魔法少女だからでもない」

「そ、そうなんだ……」


 ほっとしたような、悲しいような、様々な感情の入り交じった顔を、翠はしていた。

 そしてその表情は次第に、涙ぐんだ苦悩の顔へと変わる。


「じゃあ……どうしてあの時、あんなこと言ったの? わたしは、わたしは九曜くんの考えてること、全然わからないよ。

 遊びで付き合って、重くなりそうだったから別れようとしたんだって、わたしは思ってたけど……なんでまたこうして、関わろうとしてくるの……?

 ねえ、九曜くんは何がしたいの?

 何が目的で、わたしと付き合ってたの?

 本当の九曜くんってどんな人なの?

 まだ隠してることがあるなら教えてよ。必要ならわたしも、手伝うから。わたしならきっと、なんとかできるから」


 翠の言葉を黙って聞き終わり。

 それから静かに、九曜は尋ねた。


「最後のそれは、百合川翠としての言葉? それとも、魔法少女レリックブルーの言葉?」

「え……?」


 涙をこぼす瞳が、きょとんとした形に変わった。


「……まあいいや。とにかく文化祭、時間空いてたら一緒に見て回ろう。返事は当日でもいいから。連絡待ってる。どうせなら腹を割って、色々話そうぜ。魔法少女とか、人狼とか、色々さ」


 九曜はそう言って、流れた翠の涙を拭う。

 それから軽く手を振って、静かに図書室を出て行った。


 後に残された翠は、


「……わたしってやっぱり、悪い男に引っかかるタイプなのかなぁ」


 小さく呟いてから、しかしわずかに微笑んだ。

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