部室は治外法権だからセーフ



 オカルト研究部の部室は、部室棟の中でも奥へ奥へと追いやられたような場所に位置していた。

 窓の外に見える立木が邪魔で日当たりが悪く、部室自体も狭い。本棚にはどこで仕入れるのか分からないような謎の本が並び、使い道の分からない道具がいくつも床や机の上に転がっている。

 まさにオカルト研究部という名にふさわしい部室だった。


「いやあまさかルイちゃんが九曜くようを誘うとはねー。まーまー、入って入って」


 ゆうに案内されて、九曜は部室の中へと足を踏み入れる。

 ほんのりと女子っぽい匂いがしたのは、黙っておくことにした。


「まーまー、座って座って」


 案内されるまま、椅子に腰掛ける。


「まーまー、飲んで飲んで」


 電気ポットから湯を調達し、即席のお茶が用意される。


「まーまー、食べて食べて」


 四角い缶の入れ物から、せんべいが何枚も出てくる。


「まーまー、読んで読んで」


 謎雑誌の最新号が九曜の目の前に置かれる。特集は未来予知と催眠療法だ。


「まーまーまーまー……」

「お前は親戚のおばちゃんか」


 九曜が思わず口にしたところで、ようやく夕の動きが止まった。


「やーっとツッコんでくれたねー。×このまま放置されてたら、あやうく服を脱がせて写真撮るとこまで行っちゃうところだった×よ」


 冗談にしても一体どういう未来予想図を立てていたのか、イメージすら湧かない。

 全裸眼鏡男の写真を撮るオカルト研究部ってなんだ。


「×せっかくの新入部員×だかんね。×おもてなしの一つでもして、アットホームな部活なのをアピールしておかない×と」


 相変わらず本気の嘘なのか煙に巻く冗談なのか判別のつかない発言が多い。

 性格もあるのだろうが、これのせいで、嘘を見破る特殊能力——イルイが呼ぶところの慧眼けいがん——を持つ九曜にすら、夕の考えは読みにくい。


「まだ新入部員じゃなくて見学だ。誘われたから来てみただけで、まだ入ると決めたわけじゃないからな」


「ほほう。ルイちゃんに誘われたから来てみた、と? かわいいかわいい彼女さんがいるというのに、結構な張り切り具合ですなー。美少女なら何人でも囲いたいってわけですか」

「直接的に嫌味を言うな。あと地味に自惚れるな」

「おや、では九曜はわたしが美少女ではないとおっしゃる」


「…………。自分で言うなって言ってんだよ」

「じゃあ誰か他の人に言ってもらわないとダメかー。うーん、他に誰がいるかなー、この場には九曜しかいないからなー」


「こいつ、口が減らねえ……」


 九曜の敗北宣言に、夕はけらけらと笑ってみせた。

 相変わらず会話の主導権を握られている。というか、好き勝手に喋られている。夕と話す時はいつもこの調子だ。


「……と、遊ぶのはこれくらいにしてっと」


 夕は手を広げて続けた。


「ようこそオカ研へ。わたしたちは君を歓迎するよー——って、今はわたし一人しかいないんだけどね」


 軽く笑うと、夕はせんべいを手に取ってパキと噛む。


「わたしも最近入ったんだけどさ。いいよー、ここ。過ごしやすいし、気楽だし。お菓子と飲み物のチョイスがおばあちゃんちなのが謎だけど」

「謎なら研究しろよ。オカルト研究部だろ」

「あはは、たしかに。×うまいこと言う×ね」


 お茶を啜り、せんべいをかじりながら、二人はだらだら語り合う。


「文化祭きっかけでたまたま聞いたとはいえ、こいつは早めに知れてよかったな。入部するかは別にして、放課後を過ごすのには使えそうだ」

「ちょっと男子ー。どうせ入り浸るなら部活も入ってよー。こっちだって文化祭の準備で今は色々忙しーんだよ?」


「そういや、オカ研の文化祭って何を出すんだ?」

「えー? ×知らなーい×。一応先輩たちはタロット占いやるみたいだけど」

「地味に人気出るやつじゃん」

「そーなんよ。去年は六組のカップルを作ってやったって先輩たち自慢してたし。今年はわたしも手伝いがてらやらされそうだから、タロット×覚えなくちゃ×なんだよねー。ま、未来を見れるのは×楽しい×けど」


 本当に嘘が多い。

 だからこそ占い師には向いているかもしれない——と言ってしまうのは、世間のまともな占い師の方々に失礼だろうか。


 嘘を見破る能力者も、人狼を見付ける能力者も、魔法少女すらいるのだから、占い師だって、世界のどこかにいてもおかしいことはない。

 というか実際、役能者やくのうしゃの中にいそうな気がする。


「そーだ。せっかくだから、ちょっと九曜も×占ってあげよ×っか。×練習練習×」

「え? 俺はいいよ、そういうの」


「まーまー、そう言わず」


 九曜が遠慮するより先に、近くにあったタロットカードを手に取り、夕はひょいひょいと机の上に広げていく。


「じゃあ九曜の×これからの恋愛運はー……こちら×!」


 表を向いたのは、六番のアルカナだった。


「なにこれ」

「ラバーズ、恋人のカードだねー。うんうん、やっぱりわたしという恋人がいる×九曜の恋愛運は絶好調×ー……。

 ——とは行かないんだなこれが! これは逆位置だから、意味が反対になるんだよね。恋人の逆位置はー……」


 言いながら、夕は意味深に笑う。


「う・わ・き」


 一瞬固まった九曜に、夕はまた楽しげに笑った。


「あはは。×なにこれひどーい×。よりによって付き合ってるわたしが×占ってこれが出ますか×。むむむー、これは九曜の浮気に気を付けろとのわたしへの×お達しかも×しれないねー。

 じゃああれかな? やっぱり九曜は×ルイちゃんに目が行っちゃってる×のかな? 恋人のわたしも×頑張らないとこのままじゃ九曜を奪われちゃうかも×ー。きゃーこわーい」


「あんまり俺で遊ぶなって」


 嘘まみれの中に潜む本音が洒落になってないような気もするが——嘘だらけでもう何を考えているのか全然読み取れない。

 ただ、疑われていることだけはたしかだ。


「×ごめんごめん×。でもタロットっていうのはあくまで忠告だから。ホントは×心配なんてしてない×よ。

 あくまで、九曜は今後、恋愛関係の失敗や迷いに気を付けなさいってことだね」


「……一応、肝に銘じとく」

「うむ。よろしー」


 九曜の言葉に満足したのか、夕はタロットを仕舞いながら笑みを浮かべる。


「あ、もしかして、こっちのことも気になる? でも、わたしのことは心配ないよ。だってほら」


 そう言うと、夕はマニキュアをした指先で、自分が首に巻いているチョーカーをちょちょいと指し示した。


 付き合いだしてすぐの頃、九曜が夕に——夕自身の要望もあって——プレゼントしたものだ。

 あれからずっと、それこそもう一ヶ月近くになるだろうか。夕は常にこれを首に付けているようだった。


「この通り、ご主人様に飼われてるわたしとしては、どうあってもご主人様に従うだけだから、ね? わんわん」


 本当に。

 本っ当に、この女の考えは読めない。


 タロット占いにかこつけて嘘だらけに愛情を試してみたのかと思えば、すぐにこうして、一つの嘘も無しに何があっても服従すると征服欲を煽ってくる。


 九曜で遊ぶのが好きなのか、それともその手の性癖なのか。

 なんにしてもこのまま好きにさせておいて大丈夫なものか、不安でしょうがない。


「うー……わにわにー……をひゅひんひゃまー、ひっはらないれほひーわん。わんわーん」


 仕方ないので、この場はとりあえず。

 九曜は夕の頬をつまんで引っ張って、気晴らしだけして満足することにした。

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