第二夜

企画は大事



「みんなー、もうすぐ文化祭がやってくーるぞー!」


 うおおおお!


 というわけで、文化祭におけるクラスの出し物を決める話し合いが始まった。

 学級委員長である鷺沢さぎさわゆうが司会進行役を務め、生徒一同広く意見を募集して多数決にて採択する。王道様式の企画決定会議である。


九曜くようさん。いきなり寝ないでください。まだ始まって一分経ってないです」

「うるせえー。俺には死ぬほど関係ねえんだから、半分くらい死んでてもいいだろ」


 クラスの生徒たちが喧々囂々、様々な案を出していく中、九曜はといえば、机に突っ伏して力の限りにだらけていた。


 これには二つの理由があり、まず一つめは、九曜が陰の者であるという点。

 往々にして陽の者の祭典である文化祭は、陰に属する存在にとって忌むべき対象——とまではいかないが、結局のところ憧れながらも主役にはなれない行事。

 多少足掻いてみたところで、参加と不参加の中間の存在となり、ただ部屋の端をさまようことが避けられないものだからだ。


 二つめは、単純に九曜が厄介者として疎まれている点。

 入学以降に起こした様々な事件により、九曜はクラスどころか学年、ひいては学校単位で厄介者の称号を手にする羽目になっている。

 こうなればもう行事に参加すること自体が周囲の盛り上がりを鎮めることになってしまうので、距離を置くのが最大多数の最大幸福という功利主義的道徳理念に適うことになる。


 そんなわけで、騒がしくなっていくクラスの中、九曜は一人静かに昼寝の時間を堪能することになっているのだった。


「九曜さんは、クラス以外で文化祭、何かやらないんですか?」


「やるわけないだろ。部活も入ってねえし。当日適当にぶらついて終わりだよ。お前こそ人のこと言える立場か?」

「わたしはオカルト研究部の発表がありますけど」

「えっ、お前オカ研入ってたの!? いまさら初耳なんだが!? というかうちの学校オカ研あんの!?」


「あれ、言ってませんでしたか?」

「全くこれっぽっちも聞いてねえよ! え? ちょっと待って? じゃあ放課後、俺が鷺沢とかの様子見ててくれって頼んだ時とか……」

「失礼な。頼まれた日はちゃんと見てますよ。それ以外は部室に顔を出したりしてましたけどね。基本、参加自由の部活なので」


 全然知らなかった。

 が、それも当然。九曜と関わりが深いのは三股中の百合川ゆりかわみどり、鷺沢夕、雨宮あまみや雪姫ゆきひめのみであって、黒鐘くろがねイルイはあくまで協力者でしかない。


 それもどちらかといえば消極的な協力者であり、イルイ曰く、黒鐘家は人狼の報せをするのが役目。

 つまりは報じた時点で役割を終えているわけで、現在はすでに対人狼において働く必要のない立場にあるのだ。


「それにしたって、オカルト研究部とか……。いや、たしかにオカルトは研究してるけどさあ……お前普通に専門じゃん。素人の集まりにプロが参加してどうすんだよ」

「正直、ちょっと気分いいですね」

「若干調子乗ってんじゃねえよ」


 堂に入った掛け合いをこなす二人を尻目に、クラスの文化祭会議は紛糾していく。

 なにやら組織票計画を立てていた一部集団に裏切りが発生し、内部崩壊を起こしているようだ。


「そうだ。九曜さんも入りません? オカ研。三年生の先輩方が文化祭を最後にほとんど来られなくなりそうなので、実質、部員が二人だけになってしまうんです」

「同好会未満じゃん」

「実は先生からも、廃部の話がちらほら出ておりまして。わりと本気で誘ってます」


 イルイが誘えば、男ならそれこそ誰でも。女でも一部ねたそねみに染まってしまった哀れなる存在以外は、その美貌に釣られて入部しそうなものだが。

 はたしてここで、あえて九曜を誘う必然性はあるのだろうか。


 とはいえ九曜も、三股を暴露した翠との関係性を考えると、放課後の居場所を図書室以外に確保しておく必要はある。

 オカルトの研究も……興味がないわけではないし。


「……でも、俺が入ると今度はお前以外のもう一人が来なくなるんじゃないか? 自慢じゃないが、俺けっこう嫌われてるぞ」

「本当に自慢じゃないですね。まあ、嫌われてるんじゃなくて、恐れられてるんだと思いますけど……とはいえ、その点は心配しなくていいですよ。

 なにしろ、もう一人の部員は——」


「えー、とゆーわけで、なんやかんやの多数決の結果……我らが一年二組の出し物は、コスプレ喫茶となりましたーっ! そらみんな拍手ー、ぱちぱちぱちー!

 …………はい、おっけー! じゃあ一旦静かにしてもらって、と。んじゃ、今度は役割分担を決めるよー。

 基本わたしがリーダーやるけど、わたしは部活の出し物もあるんで、サブリーダーも決めまーす。誰か立候補してしてー」


 なんとなく、嫌な——いや、嫌というほどでもないが、純粋に予感がした。

 こういうときの予感というものは、大抵当たるものだ。


「まさか、オカ研のもう一人の部員って……」

「もちろん、夕さんですよ。そもそもわたしを一緒に入ろうと誘ってきたのが夕さんなので。オカルトには前から興味があった、と言ってましたね」


 鷺沢夕。人狼の候補者にして、九曜の恋人の一人。


 人狼か役能者やくのうしゃのどちらかであり、以前にはどういうわけか秘密の映画デートのことを把握していたり、どういうわけか九曜の三股している相手を的確に誘ったり、なにかと不穏な動きが多い。

 頻繁に嘘を吐いて周囲を欺き、前から九曜には興味を持っていた様子もある。


 はっきり言って、人狼の第一候補と言っていい人物だ。


「……鷺沢は、部室にはよく来るのか?」

「そうですね。最近は増えてまして……そういえば、九曜さんが翠さんと帰る日は、いつも部室に来てるような気がしますね」


 やはり、疑わしい。

 人狼が何を企んでいるのかはまだ不明瞭だが、暴くべき謎はたしかにそこにある。


 もちろん、魔法少女が確定した翠とのキスも、忘れてはいけない。

 九曜自ら三股を暴露してしまったこの状況から、どう持って行けばそんな状況に至れるのか、見当もつかない。


 それと同時に、夕と雪姫との恋人関係を維持し、人狼か役能者かの判別も進めていく。


 やれるか? やらねば。


 九曜が決意を新たにした時には、文化祭の話し合いは終わっていた。

 クラスの生徒たちがまばらに席を立って散らばっていく。


「じゃ、そういうことだから。九曜もコスプレ衣装、持ってきてね」

「え」


 全然会議を聞いていなかった九曜の隣にやってきて、夕が一言、そう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る