白確一人目
『なんでそんなバカなことしたんですか』
通話先のイルイの呆れかえったような反応に、返す言葉もなかった。
翠は魔法少女レリックブルーに変身し、狼人間を激闘の末に消滅させた。そして改めて、九曜に好意を伝え、キスを求めた。
それに対して九曜は——
『翠さんがおそらく
なんでそうする前に三股のことを自分から白状して、相手に逃げられるような事態になるんですか』
本当にごもっともである。
繰り返しになるが、全くもって返す言葉がない。
せっかくの機会、いや、最高の機会を逃してまで、言うべきことではなかった。この点に関しては、一切反論の余地がない。
満月が登り切った深夜、自室で通話中のイルイ相手に、九曜は静かにお叱りの言葉を受け止めていた。
それから、はい、と手を挙げて質問する。
「一応、確認なんだが。魔法少女って——役能者なのか?」
『それは……わたしは正直、全くこれっぽっちも聞いたことがなかったですけど……特別な能力を持っているのですから、役能者だとは思います』
「そういうもんなのか?」
『はい。本来役能者というのは、特別な能力を持った人々全般を指すらしいです。
わたしは対人狼に有効な一部の役能を知っているだけで、全ての役能者を把握してるわけではありません。
ただ正直なところ、九曜さんに「翠が魔法少女だった」って言われた時は、しばらく言葉の意味すら理解出来なかったですけど』
九曜がイルイに報告した時の、
『……はい?』
「いや、だから翠が魔法少女で——」
の繰り返しは、なかなか見応えのあるハメ技だった。
無限ループに嵌まって帰ってこられなくなるかと思ったくらいだ。
『まさか、魔法少女が実在するなんて思いもしなかったですけど……。
……とにかく。魔法少女については、もういいんです。嘘をつくにしても、その気になればもう少しまともな嘘がつけるでしょうし、信じてます。
その上で改めて、なんでこんなことしたんですか。まさか、魔法少女なら役能者じゃないのか……なんて思ったわけではないですよね?』
「それは、思ってないな」
『じゃあなんでまた』
非常に答えにくい質問だ。
キスをして、恋の呪毒を解くなら、間違いなくあのタイミングがベストだった。
翠は魔法少女としての役能をこれ以上なく九曜に見せつけてくれたし、キスをするための雰囲気作りも完璧だった。
九曜が素直に受け入れていれば、翠は喜んで人生初の口づけを九曜に捧げていたことだろう。
ところが、九曜の選んだ答えは、キスをするどころか、自身の不実を暴露するというものだった。
理屈で考えても、感情で考えても、明らかに誤った選択だ。
『恋の呪毒に冒されている場合、キスをすると解呪されて恋心が消えるわけですから、別れたくないという欲が出た、という考えも出来なくはないですが……。それならわざわざ三股を伝えたりしないですよね?
本当に何を考えてるんですか。意味がわかりませんよ』
「しつこいなあ……、思わず言っちまったんだから仕方ないだろ。とにかくこれで、翠は白確定になったんだ。一歩前進だろうが」
『それはそうですが……うーん。本当に前進、できてます?』
人狼を見付ける。という目的で見れば、前進はしている。
しかし、人狼以外を恋の呪毒から救う。というもう一つの目的で見ると、翠に警戒されるようになったことで、むしろ後退したようにも思える。
一歩前進、一歩後退。
結局その場に留まったと言われれば、たしかにその通りかもしれない。
『いっそのこと、もう本心を全て伝えてしまったらどうです? 翠さんの命を救いたくて三股をしていたのであって、悪意があったわけじゃないと』
「うーん……はたして俺がそう言えるのかどうか……。……というか、それで解決する話でもなさそうだしな……」
『……? どういう意味です?』
「最初の話に戻るんだけどさ。なんで俺があの場で翠にキスをしなかったか。俺もとっさの言葉だったから、自分でも最初、理由がわからなかったんだが……」
九曜は自らに確認するように、続けた。
「たぶん、翠に悪いと思ったんだよ」
『…………はい? 三股を隠したままキスをするのは失礼とか、そういう話ですか? 今更そんな良識っぽいものを? 九曜さんが?』
「そういうことでもないんだが」
『じゃあなんなんですか、まったく』
怒りより先に呆れたような態度で、イルイは九曜への対応を放り投げる。
それから、はあ、と一息吐いて続けた。
『……もう知りませんけど、翠ちゃんのことはしっかり責任持って解決してくださいね。女の子の恋心を……酷く弄んだんですから』
最後にそう言って、イルイの方から通話は切れた。
相変わらず、イルイは正論ばかりをぶつけてくる。
恋の呪毒の解呪も、幸せの絶頂から突き落としたあとの対応も、これからしっかりとこなさなければならない。
少なくともそれが、翠の気持ちを傷付けた九曜の成すべき、せめてもの償いというものだ。
「やれやれだ。恋ってのは終わらせるのも大変なんだなあ」
九曜は窓の向こう、夜空に浮かぶ満月を見て、そう独りごちた。
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