怪しまれたり怪しんだり



「おーい、九曜くようくんやい。きみ、みどりちゃんをどこにやったのかね?」


 朝の徒労に終わったイルイとのやりとりからしばらく。授業の合間に挟まる小さな休み時間。ゆうが唐突に話しかけてきた。


「何の話だよ」

「おっ、しらばっくれますかな? こちとら証拠はあがってるんですがねえ」


 夕が語るところによると。

 九曜とイルイを追いかけていった翠が、授業が始まっても戻ってこないらしい。

 無断欠席をするような生徒ではないということで教師は不審に思い、翠の担任からこのクラスの担任、そして夕まで話が回ってきたわけだ。


「教師たちはなんで俺に直接言ってこねえんだよ」

「そりゃあ、九曜と関わると碌なことがないからっしょ。あんたと揉めて辞めることになった先生もいるしねー」

「本人に後ろ暗いことがなけりゃ、何もしないっつーのに……」


 他人の悪行を暴くのは、九曜にとっては十八番である。

 ついた嘘を一つずつ掘り下げていけば、それだけで本人が隠したいものに辿り着くことができる。


 逆に九曜の天敵は、根っからの善人である。

 そもそも隠し事が殆どなく、あったとしても嘘も方便、つく嘘は他人を守るためのもので、暴いた九曜の方が損をする。


 そういう人間はまさに九曜の苦手とする相手だが、同時にそういう人間こそ、好ましく思える相手でもあった。


 翠などはまさに、そういった善人——だと、九曜は感じていた。


 ただ、九曜とイルイの話を盗み聞きしたあとの様子に、何か不穏なものを感じ取ったのも事実だった。


「ルイちゃんは何か知らない? というか、×大丈夫だった? 変なことされてない?×」

「しとらんわ」

「九曜じゃなくてルイちゃんに聞いてるのー。ね。どうだった? 脅されてたりしてたら、すぐにわたしたちに言うんだよ」


「ええと……みなさん、ちょっとした勘違いをされているみたいですけれど。九曜さんとわたしは、少しファンタジーな×アニメ映画の×話をしただけですよ。周りに人がいる状況では、九曜さんも話すのが×恥ずかしかった×んだと思います」


 嘘をつくにしても、もう少しまともなのはなかったのか。

 ここからどう話を合わせていけばいいんだ。


「アニメの話? ……そうなの、九曜?」

「いや、まあ、アニメというか……狼人間に襲われる的な話を、な」

「なんじゃそりゃ」


 全くもって同意見だ。なんだよ、狼人間に襲われるって。どういう状況なんだよ。

 そもそも人狼に狙われてる時点で意味はわからないんだが。


「……うーん、とにかく、九曜とルイちゃんは今回の件に無関係ってことでいいのかな。正直×九曜の言うことはあんまり信用ならない×けど……ルイちゃんがそう言うなら……」

「はい。わたしの方は、×何も問題ありません×」


 九曜とイルイを見ながら、しばらく思い悩んでいた夕だったが、そのうち観念したらしい。


「じゃあ、そういうことにしとこっか。一応先生にそう報告を——っとっとと?」


 そこで夕が、担任に呼ばれて廊下に出て行った。

 いくらか会話をして、戻ってくる。


「ごめん、二人とも! 翠ちゃん帰ってきたって。忘れ物しただけだったみたい」


 なんじゃそら。


「無駄に疑ったお礼に、あとで先生たちになんか奢らせるから。さっきまでの話は全部なかったことに! ね?」


 少し理不尽な気もするが、いいや許さん、大いなる裁きを受けよと言ったところで、せいぜい奢りが少し増えるくらいのものだろう。……いや、それならもう少し粘ってみるべきか?


 などという冗談はさておいて。

 教師たちからの印象をこれ以上悪くしてもいいことはない。夕の謝罪を素直に受け入れ、九曜たちは次の授業の準備を始めた。夕も自分の席に戻っていく。


「それにしても、なんでアニメ映画なんだよ。俺がアニメオタクなの隠してるみたいじゃねえか」

「おや、九曜さん観ないんですか? アニメ。わたしは観ましたよ。魔法少女ミラクルシャイン劇場版。モモカちゃんがプラネットシャインに覚醒する場面が実に感動的で……」

「知らねえよ……」


 イルイがアニメ好きだったことはさておいても、なんだか思った以上に面倒そうなオタクである。

 あえて言うならロボットアニメが好みなことは、イルイには永久に黙っておこうと九曜は誓った。



 ◇



「九曜くん、一緒に帰ろ!」


 本日の授業が終わり、クラスを出てすぐのところで、翠が話しかけてきた。

 どうやら九曜が出てくるのを待ち構えていたらしい。大急ぎでやってきたのが少し息が切れているところからも察せられる。


「一緒に帰るのは……まあいいけど。翠、図書委員は?」

「今日は代わってもらったんだ。九曜くんは自習していく? していくならわたしもそれまで残るけど」

「え。えーと……どうすっかな」


 狼人間の問題はあるとしても、それは一旦さて置いて。

 残るは今日と明日だけで、翠とキスするかを決めなければならない。その期限はいまだに継続中だ。

 当然、翠の様子を探るべく、放課後、図書室に行くつもりではいた。


 ところがこの通り、実際には翠は自分から積極的に九曜に近寄ってくる。都合がいいのはたしかだが、これはこれで少しやりにくい。ペースを持って行かれている感じがする。


 そもそも、翠はこんなに積極的なタイプだっただろうか。

 恋人との約束は、これほどに人を変えるのか。あな恐ろしや、恋心。


「そういえば、今日は忘れ物を取りに帰ったんだっけ?」

「……う、うん。それは……き、気にしないで。×大した物じゃない×から!」


 ふむ? 何か大事な物を取りに帰った、と。

 嘘を認識出来たところで、それが何なのか、すぐに把握できるものでもないが。


 しかし偶然というべきか、前から気にしていたおかげか、九曜は今朝の翠と、今の翠の違いに気が付いた。


 ヘアピンが違う。

 色がどうだったかの記憶は危ういが、今朝はかなりシンプルなものだった。

 少なくとも今髪に付けているもののように、青い宝石らしきものが装飾されてはいなかったはずだ。


 だからなんだと聞かれたら、答える言葉もないのだが。


「まあいいや。とりあえず、今日は早めに帰るか。どうせなら寄り道とかしていこう。いいよな?」

「う、うん。もちろん。……何かあっても、わたしに任せておいてね」

「……? いや、何かあったら、俺がなんとかするけど」

「だ、ダメだよそんなの! あ、ううん……。そういうところは、九曜くんのいいとこなんだけど……」


 ???

 何やら態度がおかしい。

 まず朝から妙にテンションが高い気がするし。


「と、とにかく、行こ! 寄り道はほどほどに、ね」


 そう言って歩き出した翠に、九曜は遅れて付いていくことになった。


 それから、駅前の出店でアイスを食べたり、書店に寄ってみたり。特に目的もなく二人は帰り道をぶらついていった。


 その間、当然のように人狼や役能者やくのうしゃの手がかりは見つからず、徐々に日は落ちていく。

 ほぼ満月に近い小望月が、うっすらとまだ茜色の空に浮かんできた。


 ああ。今日が終わる。

 もう明日は満月だ。

 恋の呪毒が回るまでの一度目の満月、そして翠と約束したキスの日付。


 そうこうしているうちに、九曜たちは翠の家の前まで辿り着いていた。


「………………」

「じゃあ、また明日な、翠。ええと……明日の約束のことだけど……」

「やく……? あ、う、×うん×。そうだね! もう明日だよね! あ、あはは、なんかドキドキするね」


 あれ? なんか一瞬呆けていたような。

 昨日部屋で話した時には、この約束を相当意識していると思っていたんだが。


「じゃ、じゃあ×またね×! 送ってくれてありがと。あ、あの……明日はむかえ……や、やっぱり×なんでもない×!」


 やはりどうにも、挙動不審だ。

 だからといって、不安がっているという様子でもない。むしろ、期待に溢れているという雰囲気だ。だからこそ、何を考えているのか掴めない。


 何か、あと一つ。

 あと一つのきっかけで、全てがわかりそうな気がする。


 翠の隠し事も、正体も。

 これまでの悩みも、今ある現実も。


 そんなことを思いながら、九曜は昨夜、狼人間に襲われた鉄橋を渡って、家まで帰っていった。

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