人狼探し



「なあ黒鐘くろがね、少し訊きたいことがあるんだが」


 休み明けの昼休み、九曜くようは隣の席のイルイに話しかけた。

 イルイは昼食のパンを食べながら、どうぞと手振りで示してくる。


「じゃあ訊くが、恋の呪毒ってのは、どこまで効くものなんだ? 具体的に言うと、どういう風に好きになったと錯覚するんだ?」

「わたしに訊かれても困る内容なんですけど……なんでまたそんな疑問を?」

「いや、雪姫ゆきひめがさ。昔から俺のこと好きだった——みたいなことを話してたから。恋の呪毒ってのは、記憶まで捏造するものなのかと思って」


「ああ、そういうことですか」


 イルイがパンをかじりながら応じる。


「それなら、たぶん恋の呪毒の影響とはまた別だと思いますよ。

 恋の呪毒って、元から少しくらいは好意を持っていないと効果が薄いみたいで。だから、昔好きだったのは本当なんじゃないんですかね」


「昔好きだった。だから今、恋の呪毒が効いた。ってことか? うーん、たしかにそれでも理屈は通るか……」

「……? それがどうかしたんですか?」


「雪姫を人狼の容疑者から外せないかと思ってさ。

 元々、俺はあいつのことをあんまり疑ってないというか……ほら、人狼や役能者は遺伝するって前に黒鐘が言ってたろ」

「言いましたね」


「俺たちの両親——つまり、俺とは血が繋がってなくて、雪姫とは血が繋がってる両親のことだが、あの二人は人狼じゃないと思うんだよな。

 人狼が俺の魂を狙うなら、俺が赤ん坊の時に両親がいつでも狙えたはずだし」


「…………。九曜さんが慧眼けいがんを宿していることに、気付いてなかった可能性もありますよ」


「だとしても、気付いたところで、わざわざ娘をけしかけるか? 適当に隙を見て両親がやればいいだろ。

 幸い……というか、なんというか、うちは家族仲がやたらいいから、愛情表現にかこつけてキスでもなんでもしてしまえばいい。

 わざわざこんな回りくどい手法を用いる必要性を感じないんだよな」


「理屈はわかります」


 紅茶のペットボトルをくいと飲んでから、イルイが続けた。


「そもそも家族なら、恋の呪毒以外に取れる手段がたくさんあるはず。

 ただでさえ九曜さんは最近まで人狼の存在すら知らなかったわけですから、仕留めるのなんて容易です。

 だったら雪姫さんは、人狼の計画に巻き込まれた側、と考えた方がごく自然」


「ああ。そういう話だ」


「けれど可能性で言えば、そうですね——

 例えば、他の人狼仲間が恋の呪毒を勝手に飲ませて、人狼の雪姫さんを利用しているとか。

 隔世遺伝で、雪姫さんだけが人狼として目覚めているとか。

 考えられる状況は色々あると思います。

 人狼や役能者が遺伝するとはたしかに言いましたけど、例外的な存在はいくつも報告されていますし」


「安易に白だと断定するのは危うい、か?」


「最後は九曜さんの判断なので、そこはお任せしますけど。命に関わる話ですから……一応、黒鐘家の人間としては、そう忠告させていただきます」


「成る程。ま、参考にさせてもらおう」


 結局、何も進展はなかった。ということだ。


 人狼探しは遅々として進まず、三人との関係だけが深まっていく。

 これがいいのか悪いのか。健全な男子高校生とすれば、喜ぶべきところではあるのだけれど。


「……あと三日で、一度目の満月ですね」

「そろそろ何かでかい手がかりが欲しいんだがな。人狼でも、役能者でもいいから」


 言いながら、九曜は少し考える。そして呟いた。


「少し……無理をしてみるか」



 ◇



「九曜くん、難しい顔してるね……」


 放課後、九曜は図書室で自習中、みどりにそう話しかけられた。


「ん? ああ……。ちょっと考え事してた」

「テストの結果、良くなかったとか……?」


 中間試験結果の返却は、今日から始まっている。

 九曜の点数は十分優秀と言っていいものだったが、当然のようにゆうよりはわずかに低く、それを逐一煽られていた。


 が、そこは今、問題ではない。


「……なあ、百合川ゆりかわが告白してきた時、俺が変なこと言ったの覚えてるか?」


「えっ!? あ、ええと……×なんだっけ×? あの時は緊張してたから……」

「百合川が人狼かどうか、みたいな」

「あ、ああー……い、言ってたね。急に×変なこと×言われたな、とは思ったけど。あ! で、でも、今はもう×気にしてない×から」


 やはり妙に嘘が多いな。あの時のイルイにそう思っていたように、こっちを変人だと思っているだけかもしれないが。


「だいたい、狼男なんて……さ。×いるわけない×よ、そんなの。図書室にも怪しげなUMAとか、怪物とかの本があるけど、偽物ばかりだし」


 人狼がいることは知っている……?

 だとするとこれは、人狼か、あるいは役能者の手がかりか。


 あまり詮索すると、人狼だった場合に距離を取られるリスクはあるが……。


「実は俺、百合川のことを特別な能力者じゃないかと疑ってるんだけど。なーんて、言ったらどう——」


「ち、ちち、違うよ!? わたし、何も×特別なものなんてない×——何の力もないし、頭も良くないし、運動できないし……」


 露骨に焦っている。

 何かあるのは明らかなんだが、言っていること——というか、嘘がちぐはぐな気がするな。


 能力者とは違う。

 でも特別。

 でも力はない。

 頭も運動神経もよくないのは、置いておこう。


 この嘘は一体何を意味する?


「も、もー! わたしだって×変なことばかり×言ってると怒るよ! からかうのもそのくらいにしてよね」


 目をぎゅっとしてぷいと向こうを向いてしまった。

 からかいにしても、質問自体は大真面目だ。


 やはり最初に切り崩すなら翠か。


 そうこうしているうちに、下校時刻を報せるチャイムが流れ始めた。


「ごめんごめん。ちょっと試してみただけだ。あんまり悪く取らないでくれ」

「むー……。じゃあ、今日は、い、一緒に帰ってくれたら、許します」

「そのくらいなら、喜んで」


 それから、翠が図書室の戸締まりを終えるのを待って、二人で帰ることになった。

 もうすっかり日は落ち、空には満月に近い月が浮かんでいる。


 二人で帰る道すがら、なぜか狼の遠吠えが聞こえたような気がした。

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