水着で遊ぼう



 試験期間を終えて、翌日。

 学校の休みを利用して九曜くようたちがやって来たのは。


 スタンダードな温水プールの他に、ウォータースライダーや、流れるプール、砂浜風の造波プールなど。様々な趣向を凝らした全天候型の屋内プール。

 さらに温泉や各種トレーニング施設なども併設された、まさに最新複合アミューズメント施設だった。


「はー、結構な近場にこんなとこあったんだな」


 そう言って、九曜は能天気に屋内プールの全景を見渡す。

 試験後の平日休みなので、さすがに他の客は少なめだが、それでもまあまあの数がいる。静か過ぎず騒がし過ぎず、いい案配なのではないだろうか。


 女子たちを待つ間に、とりあえず場所でも確保しておこう。

 休憩用に用意されている椅子の近くに荷物を置いて、浮き輪に空気を入れ始めた。


「おーおー、やっとるかね。荷物持ちくん」


 そこにまず、鷺沢さぎさわゆうがやってきた。


 明るい茶髪がガラス張りの天井から注ぐ陽の光によく映える。マニキュアの色は普段よりも強めのピンクで、白い肌とのコントラストが印象的だ。


 肝心の水着は、明るい黄色のビキニにショートパンツ。胸と尻は肌の部分こそ隠れているものの、形がはっきり浮き出ている。

 ぐっと膨らみ、きゅっと絞める。理想的な水着姿だ。


「ま、待って、鷺沢さん……。わ、わたしやっぱり×やめようかな×……」


 次に姿を現したのは、百合川ゆりかわみどり


 いつもの長い前髪はそのままに、裸足でぺたぺたと。

 しかしどういうわけか、身体は大きなバスタオルで包んでいた。


「なーに言ってるの。これは九曜へのお礼も兼ねてるんだから、さっさと見せなさーい。どうせ減るもんじゃなし、×見せれば見せるだけ魅力的になる×って!」


 夕に促され、


「うぅ……」


 おずおずとバスタオルを広げる。

 そこにはなんとも大胆な、黒のビキニ姿の翠の身体があった。


 全体的にやわらかい印象を与えるくびれに、きゅっとした尻。

 そしてなによりも圧倒的なサイズの乳房が、はち切れんばかりのビキニの中に無理矢理収まっていた。


 前から着痩せするタイプとは薄々感じていたが、なんという圧倒的存在感。

 ここに翠を連れてきたのは、正解だったと言って間違いないだろう。


「お兄ちゃんお疲れ。…………あんまりジロジロ見てると嫌われるよ。一応仲いいんでしょ、あの子たち」


 翠に注目しているうちに、しれっと傍まで雪姫ゆきひめが近寄ってきていた。


 おそらく中には水着を着て、上半身だけジャージをかけた、ラフスタイル。

 翠の驚異的なあれこれと比べれば、体型的にはどうしても大人しい印象になってしまう。

 しかし、上着の下からでもわずかに分かるスレンダーな身体のラインと、そこから伸びる綺麗な太ももには、決して色あせない価値が感じられた。


「堪能してますね。九曜さん」


 最後に、黒鐘くろがねイルイ。

 こちらは言うまでもないグラビアアイドル体型……なのだが、ファッション性は少ない、競泳水着で現れた。


 他の三人のように九曜と秘密の恋人関係、というわけではないので、扇情的な見た目になる必要はないのだが…………これはこれで、悪くない。


 総合して。


「……さあて、我々の水着姿を見た感想はどうかね? 九曜くーん?」


「————!」


 無言でぐっと親指を上げる。もう言葉はいらなかった。


 それからしばらくは、全員でプールでの水遊びを楽しんだ。


 水をかけあったり、浮き輪やサメ型の浮き具に乗ってぷかぷか浮かんだり。貸し出し場から持ってきた水鉄砲で撃ち合ったり。


 ともかく各々、プールで好き放題に遊び倒していた。


「よし、ドリーちゃん、次はウォータースライダー行こう。二人で爆走しようよ!」

「え、ええっ!? むむむ無理ですわたし怖いの苦手で……」

「まあまあまあ。慣れると気持ち良くなってくるからー。わたしには分かる。君にはその素質がある!」


「な、なんですか素質って……あ、あああ雨宮くぅーん! 助けてぇぇぇええ!」


 夕に誘拐された翠が、


「うひゃあああああぁぁぁぁぁあああ!!???」


 声を上げながらウォータースライダーで流れ落ちてくる。


 そんな姿を、九曜は遠目でのんびり眺めていた。


「お兄ちゃんは泳がないの?」

「…………ふふ。眼鏡が濡れると、前が見えないからな」

「いや、あたしお兄ちゃんが泳げないの知ってるからね? 眼鏡で誤魔化しても無駄だからね?」

「雪姫も泳げないだろ。俺も知ってるぞ」

「………………」

「………………」


 泳げない双子の兄妹が、仲良く腕を組んで仁王立ちしている。

 なんとも滑稽な姿がそこにはあった。


 そんな双子を尻目に、イルイは黙々とプールを泳いで往復し続けていた。


「……そういえば、あの人×なんなの×?

 夕は、前からお兄ちゃんが事件起こすたびに尻拭いしてたから、分かる。

 翠ちゃんは、普段から図書室にいるお兄ちゃんが、図書委員の翠ちゃんの勉強の手伝いしたってことで、分かる。あと夕が無理に誘ったのも。

 けど、あのイルイって転校生の人とは、どういう関係?」


「えーと……話すと長くなるんで、関わりの深い知人とだけ……」

「それは聞いた。ところで……ずいぶん×綺麗な人×だよね?」

「男女の関係ではないからな!?」


 よりにもよって、唯一手を出していない相手との関係を怪しまれるのは、いいのか悪いのか。

 しかし正直に真実を伝えることはできる。


「ふーん……ならいいけど。女友達がいるのは×今のところ許す×けど、もし変なことしたら殺すから」

「お、おう……」


 嘘があるべきところで、嘘が無い。

 この形で恐怖したのはもしかすると人生で初めてかもしれない。


「お兄ちゃんはあたしだけ見てればいいんだから。ね」


 そう言うと、雪姫はジャージのジッパーを開いて脱ぎ捨て、夕と翠の遊ぶ水の中に飛び込んでいった。


 雪姫の水着の上半身は、フリル付きのセパレートだった。

 これもまた良し。


「しかし、うーん……剣呑な雰囲気になってきたな……!」


 笑い事ではないのだが、やはり笑うしかない現状。

 三股相手の三人が、今こうして勢揃いして遊んでいるのを見ると、やはり罪悪感——いや、ほとんど恐怖にも似たものが背筋に走るのを感じる。


 おそろしや。ほんにおそろしや。


 積極的に行動してきて、身体だけの関係でもいいと迫る百合川翠。

 こちらのことをご主人様と言いだし、あげたチョーカーを毎日付けている鷺沢夕。

 そして自分だけ見てと宣言してきた、雨宮雪姫。


 人狼のことをさておいても、果たしてこれから自分は無事でいられるのだろうか。


 などと、九曜がもはや将来の危うさに絶望すら感じていたところで、水中の翠がこちらにそそそと近付いてきた。


「あ、あの……雨宮くん……あの……あのね」


 なんだ。今度は翠から恋の脅しが来るのか。


「ビキニの上、どっか行っちゃった……」


 もはや半泣きの翠に、九曜の身体が凍り付いた。


 え? じゃあ今、そのでかいおっぱいは何にも包まれていないということなのですか。このままでは産まれたままのピンクの乳首が、お目見えしてしまうということなのですか。


 女性陣の水着を見てからずっと、我慢で温まり続けていた下腹部が、一層昂ぶるのを感じた。


 が。ここは冷静に。努めて冷静に。

 雪姫が脱ぎ捨てたジャージを拾い上げ、翠に投げ渡す。


「とりあえずそれ着とけ。俺らが探してやるから」

「う、うん……ごめんね」

「謝るなって。事故なんだから」


 そう言って頭を撫でると、九曜は水の中に入った。

 夕と雪姫に状況を説明し、三人で周囲を探す。


 そう遠くには行っていないはずだ。人も少ない。普通に考えればすぐに見つかるはずなのだが……見当たらない。

 そもそも浮かんでいないのが妙だ……ということは——


 ざぶん、と水の中に潜る。

 そしてプールの水中の排水部分に、黒い布が引っかかっているのを見付けた。


 あったぞ!


 と、ビキニを振り上げたところで、夕に頭を引っぱたかれた。

 自分のビキニを衆目に高らかに晒されて、翠の顔が真っ赤になっているのは、濡れた眼鏡のせいで九曜にはよく見えていなかった。

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