試験は終わったあとが楽しい
最後の試験終了を報せる鐘の音が鳴った。
これにて二学期の中間試験期間は晴れて終了。学生たちは苦痛に満ちた学力試験の呪いから解放されることとなる。
「よーっし、終わり終わり。今回も悪くはなかったな」
試験期間終了の解放感からいつもより一際騒々しい雰囲気の教室で、
「成績上位者はずいぶん余裕ですね。九曜さん」
「余裕というか、俺はどっかの学年一位とは違って、校内で良い順位取ることにこだわってるわけじゃないからなぁ。
「赤点は取らないと思います」
「さよで」
隣の席でイルイと会話しながら、筆記用具を片付ける。
普段から自習を欠かさない九曜にとっても、試験後は少しばかりの休息期間だ。せっかくなら一つ羽をのばしていきたいところではあるが……
「ともかく、これで九曜さんはまた三股に集中できるわけですね」
九曜にはこれがある。
人狼と
九曜に恋する少女たちの中から、一刻も早く人狼を見つけ出さなければならない。
「恋の呪毒の呪いと毒で、飲んだ奴が死ぬまでは三度の満月——だったよな? そろそろ最初の満月か」
「十月の二十六日から二十七日にかけて、ですね。あと一週間ほどです」
「もうそんなもんか。思った以上に短いな」
こちらはまだ、人狼も役能者も、手がかりの尻尾すら掴めていない。
各人怪しい場面はちらほらあるが……それが何を意味するのか曖昧な状態だ。
「せっかく試験期間も終わったんですから、どなたか×遊びにでも誘ったらどう×ですか。皆さんきっと喜びますよ」
何か今しれっと嘘をつかれたが、言っていることは真っ当だ。
この解放感に満ち足りた状況で話していれば、今のイルイのように、何かぽろっと嘘をこぼすかもしれない。それが決定的な真実の鍵になる可能性も十分にある。
とはいえ。
「全員付き合ってるの秘密にしてるからなぁ。そう簡単に時間作れるかどうか。
くいと顎で示した先では、このクラスの陽キャの集まり……もとい、カースト高層部……もとい、仲良しメンバーの中で、
「人気者ですよね。夕さん」
「上っ面を取り繕うのだけは上手いからな、あいつ。多分このまま、あのメンバーで遊びにでも行くんじゃないのか」
なんて言っている間に、
「じゃあ今日明日、アタシらでどっか行こーよ!」
などという声が聞こえてきた。
「ほらこの通り。さて、俺はどうすっかなー。余裕のあるうちに百合川あたり誘ってもいいが……」
「——あー、ごーめん。わたし今回はパス。実は×先約があって×さ」
そこに一言、少し意外な嘘が耳に入ってきた。
夕が仲良し組の誘いを断るとは珍しい。それも嘘をついてまで。
他人を誘導するために嘘をつくことは多い夕だが、単純に断りを入れるのに嘘をつくとは。何が目的で……って、大体の想像はついているのだが。
どうやらこのまま遊びに行くらしいメンバーが帰っていくのを見送ると、すぐに夕が九曜たちのところまで寄ってきた。
「やーやー九曜くん。どうだったかね、試験の方は」
「ぼちぼちだな。お前は——まあ、完璧だったんだろうが」
「ふふーん、まあね。わたしにかかれば×造作もない×ことですわよ。おっほっほ。と、いうわけで——」
そこで夕が、ぐっと顔を近づけてくる。
「テストのお疲れ会、行こっか!」
そう来ると思った。
「……お前のことだから、言い返しても止まらないだろうしな。いいぞ。で? お疲れ会っつっても、どこに行くんだ? 遊園地とかカラオケとか——」
「そうだ。ルイちゃんも一緒に行こうよ」
おや? イルイも誘うのか。
「……え。わたしですか? ええっと…………いいんですか?」
「もちもち。一緒の方が楽しいじゃん。みんなで楽しもうよ。問題児監視の会ってことで!」
「問題児って誰のことだよ」
九曜の漏らした愚痴に、おまえだ。と、夕とイルイが揃って指を差してくる。
くそぅ。あんまり反論できない。
「それじゃあ、わたしたち三人で行くんですか?」
「んんー、それでもいいんだけどー。せっかくの機会だし……」
イルイが不敵な笑みを浮かべた。
はっきり言って、嫌な予感がする。
「ルイちゃん、三組の
知らないはずもない。さっきまで話題に出ていた三股のうちの一人だ。
だが、夕からすれば関わりなんてほとんど無いはずだ。ここで誘おうと言い出すのは明らかにおかしい。
「その子がねー。たぶん今回の中間で九曜に勉強教えてもらってたからさー。誘ったら来ると思うんだよね。
どうかな、ねえ、一緒に遊んでみない? ルイちゃんはイヤかな?」
「わ、わたしは……えーと、嫌ではないですけども……」
どうしましょう。と言いたげな目で、イルイが九曜の方を見てくる。
こっちだって同じ気持ちだ。
鷺沢夕。本当に何を考えてるんだこの女は。
「じゃあ百合川ちゃんも誘ってー。あとはヒメちゃんも誘ってー」
「ま、待て待て待て。なんで——」
なんで的確に、よりによって九曜の三股相手ばかり誘っていくんだ。やはりどう考えたって不自然にも程があるだろう。
とは流石に言えないので、どうにか言葉を見繕う。
「——なんでまた、そんな奇妙な組み合わせなんだ」
「えー? だから言ってるじゃん、問題児監視の会だって。九曜に迷惑被ってる、わたしとルイちゃん。勉強教えてもらってた百合川ちゃん。妹のヒメちゃん。——なんか問題ある?」
問題は大ありだ。
全員が九曜のことを恋人だと思っている少女たちを一堂に会したら、どんな悪夢のマリアージュが起きるやら分かったものではない。
そしておそらく、この女、それを分かった上でやっている。分かった上で、九曜がボロを出すのを待っているのだ。
しかし一体どうやって、夕はここまでこちらの状況を把握している?
恋の呪毒を飲んだ少女たち。その全員が誰かを特定している。とするなら、それは飲ませた存在以外にはありえないのでは——?
「じゃあ、この五人で決定ってことで。さあ泳ぎに行こー!」
「……は? 泳ぎに?」
「そだよ。今日の帰りに水着買ってー。明日の休みに泳ぐ!」
「嫌だが!?」
もう十月の半ばだぞ。秋も深まってきているぞ。
なぜこんな寒くなってきた時期に水着にならねばいかんのだ。なんなら近く寒中水泳が始まる季節じゃないか。
「だいじょーぶだいじょーぶ。今の時期でも泳げる場所のアテはあるから。それにさー。……九曜、わたしたちの水着、見たくない?」
「………………」
「うちの学校って、水泳の授業無いじゃん。だからわたしたちの水着を拝む機会なんて、今後も無いわけだけど……明日泳ぎに行けば、見れるよ? このわたし含めた、美少女たちの水着」
「…………」
「どう?」
「………………」
「見たい、です……!」
男として。
本能には、逆らえない——ッ!
「じゃあ、決まりー! さあ明日はみんなで泳ぎに行こー!!」
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