勉強会とかする
「
◇
「——と、
十月も中盤を過ぎ、中間試験をもう目前に控えたある日。
「今度は放課後のお家デートですか。百合川さん積極的ですねえ」
「デート……かぁ? なんか本気で切羽詰まってそうな顔してたけど」
昼休み、
そこからは、あわよくば試験勉強にかこつけて恋人といちゃいちゃしたい、などという邪念は読み取れず。ただただ試験を前に焦るばかりの女子高生の姿があった。
「百合川さんの学力がどのくらいかは存じませんが、九曜さんは学年十位以内に入るくらいに試験で優秀なんですよね。
……そういえば、九曜さんはなんで勉強できるんですか?」
「お前、慇懃無礼が板に付いてきたな」
歯に衣着せないイルイの言い草に、そろそろ九曜も慣れてきたのだろう。イルイの言葉にツッコミだけ入れたところで、話を流す。
「とにかくそういうわけだから、
「構いませんけど……一応わたしも試験勉強したいんですが」
イルイの不満にスルーを決め込み、じゃあよろしく、とだけ声をかけた。
◇
翠の家は、郊外によくあるような一軒家だった。
翠に連れられて家に入ると、母親らしき女性が「おかえり」と言う声が聞こえた。どうやら母親は在宅中らしい。
「ただいまー。……じゃあ、入って。わたしの部屋まで案内するね」
「おじゃましまーす」
軽く挨拶をしてから、家にあがる。
すると、パタパタとこちらに向かってくる足音が聞こえた。
「今、男の子の声がしたような……って、あらあら。あらあらあらー……」
「ちょ……お、お母さん! わざわざ来なくってもいいってば!」
「えーっと、もしかして、翠の彼氏さん?」
「ち、×違う×よ! と、×友達×っていうか……図書室でよく話す人! 今日は勉強を教えてもらうために来てもらったんだから、×余計なこと×言わないで!」
いつも弱々しい様子の翠だが、母親相手には少しばかり気が大きくなるらしい。
対する母親は、娘をからかうような表情で、ふふふと笑っている。
存外見た目の若い母親だ。下手をすれば歳の離れた姉妹と言われても通じるかもしれない。翠がこのまま成長して、大人の落ち着きを手に入れられればこうなる、という想像図のような姿をしている。
「雨宮と言います。こんにちは、翠さんのお母さん」
「これはこれはご丁寧に。まさか翠に男の子の友達ができるなんて……。……本当に彼氏じゃないのよね?」
「も、もう。やめてってば! は、早く行こ、雨宮くん! 今日はあんまり時間ないんだから」
翠の母親と会釈を交わし合い、翠の部屋へと付いていった。
案内された翠の部屋は、まさに女の子の部屋……とでもいうのだろうか。
細かい小物類の一つ一つがファンシーで、窓にはレースのカーテン。
部屋の真ん中に小さめのテーブルがあり、ベッドにはぬいぐるみが並んでいる。そのぬいぐるみの群れの中には、九曜がプレゼントした狼のものもあった。
「じゃあ、えと……そこ座って。あ。テーブル狭いかな」
「今日は教えるだけだから、百合川が使えるだけのスペースがあればいい」
「えっ。それは悪いよ……。雨宮くんだって試験前に、自分の勉強しないといけないのに……」
他人に教えるのも、復習になっていい。
自習は普段からしているから、試験前だからといって特別何かすることもない。
九曜がそう話すと、翠は感心というより自分を恥じるような反応をしていた。
翠がノートや教科書、参考書を広げ、しばし二人は集中して試験範囲の勉強に時間を費やしていった。
「……だからここは、こういうことかな……合ってる?」
「正解。出来るようになってきてるな」
「えへへ……先生がいいからね」
笑顔を浮かべる翠。
その顔に眼鏡がかけられていないことに、九曜はふと気付いた。
「そういや、映画の時とか……あと告白してきた時もかけてなかったよな、眼鏡。今はコンタクトにしてるのか?」
「ううん。実はわたしの眼鏡、伊達なんだ。わたし、目は良い方だから」
「え。そうなのか」
九曜の眼鏡はそれなりの度が入っている。なんなら無いと日常生活に支障をきたすレベルだ。
目が良い、というのはそれだけで人生のいくらかを得していると言っても過言——過言ではあるが、やはり明確に得ではある。
「しかしなんでまた、伊達眼鏡なんて」
言っては悪いが、翠の見た目は地味である。
デートでもなければ着飾らないし、前髪が長く表情が見えにくい。
その翠が伊達眼鏡をすれば、映えるどころか、むしろ野暮ったい印象を加速させてしまうのは、ファッションに疎い九曜でも容易に感じられた。
「あー……それは、その…………」
「…………わ、笑わないでね……?」
笑うような理由なのだろうか。伊達眼鏡にそんな面白みのある理由が秘められているとは、とてもではないが想像が——
「眼鏡かけたら、頭良くなるかと思って……」
「完全にバカの発想じゃねえか」
想像の遙か上を行くバカだった。
これは面白くなくても笑いたくなる。なんならむしろ、笑い飛ばさないと洒落にならない事態ではなかろうか。
「ちょっ!? ば、バカって……! いえ、バカです。すみません。そうなんです。わたしバカなんです……」
「あ、いや、言い過ぎた。悪い。……いや言い過ぎてるか? やっぱバカじゃないか? 頭良く見えるですらなく、頭良くなろうとしたんだろ……? 眼鏡で……? やばいレベルのバカなのでは……」
九曜の言葉の刃が、次々と翠の腹や背を突き刺していく。
そしてもはや再起不能にまでなったところで、決着のゴングが鳴り響いた。じゃなかった。部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「翠ー? ちょっといい? お菓子持ってきたんだけど」
そう言って翠の母親がやってきて、チーズケーキと紅茶を差し入れしてくれた。
「雨宮くんはコーヒーの方が良かったかしら。男の子の好みってわからなくって」
「そっちの方が好みですけど、お構いなく」
話しながら、少し場所を空けたテーブルに差し入れを置いていく。
「本当にありがとね、雨宮くん。彼氏なのか、友達なのかは分からないけど、翠の話し相手になってくれてるみたいで。
この子、こっちに引っ越してからは、上手く友達作れてなかったから。ずっと気になってたの。
雨宮くんがいてくれたら、わたしたちも安心できそう」
「……よ、余計なこと言わないで。もー、さっさと行ってよ!」
「はいはい。ごめんなさいね。じゃあ、雨宮くん。これからも翠のこと、よろしくね」
母親が去っていくと、自然と翠と目が合った。
「あ、あはは……ごめんね。なんか辛気くさい話聞かせちゃって。でも、もう大丈夫だから。……さあ、チーズケーキ食べたら、続きやろっ。もう少しで数学の範囲も終わりそうなんだ」
友達がいない。
だからこその依存心……なのだろうか?
翠について少し考えながら、九曜はまだ熱い紅茶に口をつける。
そうして、なんとなしに改めて部屋の中に視線を向ける。
ベッド横にある小さなチェストの上に、裏向きに閉じられた写真立てがあるのが、なんとなく目に入った。
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