仲良し兄妹の夜
「じゃあそういうことで、これからは三人の
一人が人狼。残るは全て
これが九曜と九曜に恋する少女たちを取り巻く状況だ。
イルイ曰く、「こんな割合はまるで現実味がない。三回雷に打たれるような確率」とのことだったが、事実としてそうなのだから仕方ない。
なんとかして一人ずつ、その役能を解き明かしていく他はない。
「はあ。なんとも
愚痴を一つ口にしたところで、事態が進展するわけでもない。
ひとまず九曜は、目の前の自習テキストに向き合うことにした。
「…………お兄ちゃん、ちょっといい?」
そこでノックの音がした。
とりあえず声に応じると、雪姫が部屋に入ってきた。
すこし袖の余ったパジャマを着て、枕を両手で抱えている。
メッシュの入った風呂上がりの髪は、まだどこかしっとりとしているように見えた。
「どうかしたのか? 怖い夢でも……って、もうそんな歳でもないよな」
雪姫が反抗期——とでも言うべき悪態を、九曜にするようになってからずいぶんと経つ。
最近になって恋人としてやり直したとはいえ、まだどういう距離感で接したものか、掴みきれていないのが正直なところだ。
「えっと……さ。今夜、お兄ちゃんと一緒に寝たいなと思って」
「——は!? それって……」
「あっ!? ち、違うから! そういう意味の寝るじゃないから! ただ、単に……その、せっかくなら……」
抱えた枕を口元に持っていきながら、
「子どもの頃みたいに、お兄ちゃんと一緒に寝たいなって、思っただけで……」
……成る程?
もうずいぶん昔の話ではあるが、雪姫は毎日のようにベッドに入り込んでくるような妹だった。ベッド以外でも、いつも兄である九曜の後ろを付いてくる。そんな様子をよく覚えている。
そんな甘えん坊な一面が、恋人としてやり直したことで、ぶり返したというところだろうか。
「まあ、それならいいけど……。こっちはキリの良いところまで終わらせるから、ちょっと待っててくれ」
九曜の言葉にこくりと頷き、雪姫は九曜のベッドに座った。
そして雪姫はなんとなしに周囲を見渡す。
「相変わらず、面白いものないね。お兄ちゃんの部屋」
「うるせー。お前と違って趣味がないんだよ。お前はいいよな、バンド楽しくやってるらしいじゃねえか」
「楽しい……うん。楽しい、かもね。最近ようやく、楽しくなってきたところ」
「最近?」
雪姫がベースを始めたのは、中学に入る少し前くらいだった気がする。
それでようやく最近楽しくなってきた、とは。そんなに楽器というものは楽しめるまで時間のかかる娯楽なのだろうか?
「……×それより×。お兄ちゃんこそ勉強勉強。毎日やってるけど、楽しいの?」
「一応、つまらなくはない。つーか、それは嫌味か」
「×バレたか×」
それからしばらく。
九曜がシャープペンを走らせる音だけが部屋の中に響いた。
「——よし、終わり。今日はここまでだ」
「もういいの? あたし、邪魔してない?」
気付けばベッドに上半身だけ倒れ込んでいた雪姫が、身体を持ち上げる。
「いつもこんなもんだよ。勉学は一日にしてならず。無理をするより毎日の積み重ねが大事なんだよ」
「うわ、偉そうに」
「誰がじゃ。お前こそちょっとは真面目に勉強してんのか? そろそろ中間だろ」
「思い出させないでよ。……補習だけはなんとか回避する予定だから」
「志が低いな」
「お兄ちゃんが高すぎるだけ」
言い合いながら、九曜が雪姫の隣に座る。
すると九曜の肩に、雪姫が自然と頭を乗っけてきた。
「……そういう寝るじゃ、ないんだよな?」
「今は×仲良し兄妹としてくっついてる×だけ。だからセーフ」
「世の仲良し兄妹は高校生にもなって、ベッドでくっつかないと思うんだが」
「……だったら、恋人になった兄妹にする?」
不意に声色が変わって、一瞬どきりとする。
どこまで本気なのか。
九曜の顔のすぐ近くでこちらをじっと見つめてくる。
「×冗談、冗談×。今のは×からかっただけ×」
雪姫はそう言って、しかし柔らかく笑顔を浮かべた。
「ホント言うとさ、あたしもまだお兄ちゃんにどう絡めばいいか分かんないんだ。これまでは恋愛のこととか、できるだけ考えないようにしてたから。
だから恋人ってどういうものなのか、正直、まだよく分からなくて」
「それは俺もそうだよ。はあ。最近までは真面目に考えるのなんて、勉強のことくらいでよかったのに」
「へえ。……あたしのこと、真面目に考えてくれてるんだ」
うっ! 三股真っ最中の身としては、その言葉に、少し心が痛む。
しかし、心が痛みつつも。
これだけははっきり言い切れる。
「もちろん。本気で考えてる」
九曜は本音で、はっきりと、雪姫の言葉に応えた。
「…………!!」
九曜の言葉を聞いて、表情を見て、雪姫はささっと顔を逸らす。その頬は少し紅潮していた。
「と、とにかく。そういうことだから。今はまず、兄妹からやり直そうと思って! だから、まずは一緒に寝よ。もう夜も遅いよ」
「そうだな。俺も……ちょっと眠くなってきた」
くああ……とあくびをする間に、雪姫が枕を二つ、横に並べた。
そして二人、ベッドに寝転がる。
「……ちょっと狭くない?」
「俺らがでかくなったんだから仕方ないだろ。何事も、いつまでも子どもの頃と同じようにはいかないもんだ」
「そうか……うん。そうだね……」
高校生になった身体で、二人で一つのベッドの中に。
「やっぱり懐かしい。昔はこうやって、よく二人で寝てたよね」
「あー、家族旅行の時とかは特にな。お前がおねしょして、俺が怒られたこともあったよな」
「なっ——そ、それはお兄ちゃんが寝る前に怖い話するから……!」
そうやって懐かしい思い出を、一つ、一つ。二人で手を取るように辿りながら。
九曜と雪姫はいつしか深い眠りについた。
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