人狼ラブコメ開始



 朝。雨宮家を出てすぐのところで。


雪姫ゆきひめ。あれから一晩考えたんだが、俺は一度、お前の気持ちを受け入れてみようかと思ってる。これからは恋人として付き合ってみないか?

 ただ、いきなり双子の兄妹が付き合い始めたら、他の奴らも、何より父さんと母さんも驚くだろうから、しばらく周りには内緒で、な」


 昼休み。第二校舎の端っこで。


鷺沢さぎさわ。例の告白のことだけど、一応オッケーってことで。正直お前と恋人なんて想像つかないんだが、今までの高校生活で一番関わりが多かったのはお前だしな。

 ただ、人気者のお前と嫌われ者の俺が付き合ってるとなると、クラスの皆も扱いに困るだろうから、秘密の付き合いってことで、どうだ?」


 放課後。図書室のいつもの席で。


百合川ゆりかわ。あの時の返事、遅れて悪かった。突然のことでちょっと混乱しちゃってさ。それで、返事だけど……これから恋人として、よろしくな。

 ただ、俺たちはお互いのことをより深く知る時間が必要だろ? だから、二人がもう少し恋人らしくなれるまで、他の奴らには黙っておこう」



「——という感じで、三人の告白に応えてきた」


「……な、……な……、何てことしてるんですかぁぁぁぁあ!?」


 下校時刻ももう間近に迫った頃。

 雨宮あまみや九曜くよう黒鐘くろがねイルイ、二人だけが残った教室で、イルイが絶叫にも似た声を上げた。


「人狼の正体が誰なのか、積極的に探ってみようと思ってさ。それならさっさと特別な関係になるのが効率的だろ? 断ると変に距離を取られるかもしれないし」


「そ、そうかもしれませんが……。それにしたって、三人の告白を全て受け入れるのはおかしいでしょう! それって、三人の女子と同時に付き合うってことですよ!? 三股じゃないですか! ふしだらですよ、ふしだら! クズの所業です!」

「緊急事態なんだから仕方ないだろ。それに、恋の呪毒とかいうあの惚れ薬の効果で好きになってるだけだろうから、本当の恋人関係ってわけじゃないしな。人狼を見付けたらすぐに別れるって」


「で、ですけどぉ……」


 納得しつつも受け入れがたい。イルイの反応はまだそういった様子だ。

 まったく、人類の存亡をかけて人狼と戦う者たちの一員とは思えない。なんて本気では九曜も言うつもりはないが。


「あ、でも、見付けた人狼以外はどうしたらいいんだろうな? 恋の呪毒って解除する方法とかないのか?」

「…………一応、恋の呪毒は、恋した相手とキスをすれば解けます」


「げ、またキスか」


「……人狼としては、魂を喰らうことができれば目的達成ですからね。それ以上好きで居続ける必要はないんです。おまけに呪いが解けてしまえば、恋をしていた期間の記憶もほとんど消えてしまいます」


「へえ、それは好都合」


 人狼の問題が解決すれば、残りの少女たちについても、後腐れなく別れることができるというわけだ。

 後ろ指を指されるような未来は覚悟していたのだが、それなら気兼ねなく恋人ごっこをやりきることができそうだ。


「ただし、危険性もあります。これはあくまで……あくまで恋の呪毒によって好きになっている場合の話ですが——」


 少し緊張した面持ちで、イルイは続けた。


「恋の呪毒を飲んだ者は、残り三度の満月までに、キスによる解呪を受けられなければ——死にます」


「…………はい?」


 思わず気の抜けた声が出た。

 だからいちいち死が身近すぎるんだよ、この界隈。


「いや、死ぬって……なんで?」

「呪毒という名が示す通り、恋の呪毒は呪いで、毒なんです。恋という呪いが成就しなければ、恋という毒が全身を冒して死に至る。そういうものなんです」


 恋は呪い。恋は毒。たしかによく聞くフレーズではあるが、それが言葉通りに実現するのは誰も想定していない。


「そんなもんめちゃくちゃ危険じゃねーか! 人狼は何考えて作ったんだ!?」

「生存競争とはそういうものですから」

「納得してる場合か!?」


 声を荒げる間にも、思考が脳を駆け巡る。

 そして九曜は、一つの結論に達する。


「つまり……つまりだ」


「三度の満月——たしか満月は少し前にあったから、残りおよそ三ヶ月弱か。俺はこの間に、人狼にはキスをせず、人狼以外とは逆にキスをしなくちゃいけない。……そういうことになるのか?」

「彼女たちが恋の呪毒に冒されているとすれば、そうです」


「思っていたより事態が深刻なんだが!?」


 こっちに言われても、という様子のイルイを少し恨めしげに睨むが、イルイに不満を向けたところで意味はない。

 問題なのは人狼の恋する少女と、人狼に利用された恋する少女たちだ。


「………………」


「……はあ。仕方ない。やれるだけはやってみるか」

「わたしも、出来る限りはお手伝いしますよ」

「そりゃどうも」


 そこでちょうど、下校時刻を伝えるチャイムが鳴り始めた。


 イルイと連絡先を交換し、教室を出る。


「とりあえず今日の予定は……百合川と下校か。明日の朝は雪姫と登校して、昼は鷺沢と食べて……これらを全部それぞれ他の奴には気付かれないように……」


 これから始まる、恋と死と疑惑が渦巻く三ヶ月。


 ドキドキの恋愛模様に胸躍らせる——はずもなく。

 ただドキドキの死亡遊戯に不安で胸を一杯どころかあふれるほどにしながら、九曜は本日の帰途についた。

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