セキくんのギター

尾八原ジュージ

セキくんのギター

 セキくんの新しいアコースティックギターは、あたしをすっかり虜にした。セキくんの演奏技術やセンスはごく普通だけど、ギターはそうじゃない。サウンドホールの中から時々人の顔が覗くのだ。

 顔はあたしの掌くらい。小さくて男か女かよくわからない。でもとにかく綺麗な顔なので思わず見つめてしまうし、目が合うと嬉しくなる。

 顔が見たくてセキくんの出演するライブに欠かさず行くようになったある日、彼に声をかけられた。

「いつも来てくれてありがとね」

「どうも」と返したら突然、「うちにくる?」と聞かれた。

 例のギターは、セキくんの住むボロボロのアパートの部屋の隅で、スタンドに立てかけられていた。ステージよりも近くであの顔を見ることができる。二重がくっきりして、陶器みたいな肌で、でもちゃんと動いているから人形やお面じゃない。

「セキくん、また来ていい?」

 セキくんは、いいよいつでも来いよって答えた。

 その晩あたしはセキくんのベッドの上で、セキくんの肩越しに、ギターの中の顔と何度も瞬きを交わした。


 セキくんの部屋に出入りするようになってから半年、珍しく彼があたしの家にやってきた。

「おれんとこのアパート火事になってさ、全部燃えちゃった」

「うそ、ギターも?」

「うん」

 セキくんの肩に、あの小さくて白い顔が乗っていた。相変わらず綺麗な顔立ちだったけれど、とても怒った様子で彼を睨みつけていた。

 しばらく泊めてよと頼む彼に、上の空でうんと返しながら、あたしはその小さな美しい顔と何度も頷きあった。きっとギターごとアパートを燃やしてしまったのはセキくんなんだろうな、と思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

セキくんのギター 尾八原ジュージ @zi-yon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ