十月二十六日② 藤行幸恵

 雑木林を抜けると開けた土地が現れた。

 車が雑居ビルのような四角い建物に到着する頃には、もうすっかり日が暮れていた。


 幸恵達を出迎えたのは、顔も身体もゴツゴツとした、体格の大きな女性だった。

 180cmはあろうかという身長で見下ろされ、幸恵は萎縮した。

 ミクと名乗った女性の先導で、建物内に入る。入口から伸びた短い廊下を進むと、大きな広間になっていた。その奥の部屋がこじんまりとした応接室になっており、幸恵はそこで待つように言われた。


 太一はミニバンから大きな荷物を運び出していた。

 ガチャガチャと取り出したそれは、西洋甲冑と大きな盾だった。


「僕が、ケンジ君が到着するまで一階で南田を引きつけて力を削ります。ケンジ君には到着次第、裏から二階に上がってもらい術をかけてもらいます。これは強力なもので、南田の力を抑えるのに十分機能するはずです。そこを、ミクさんに物理的に拘束してもらいます」


「ウチ、霊力とかはあんま強くないんすけど、腕力には自信あるんで。任せてください」


 ミクがテーブルに御札おふだのようなものを並べながら、静かに言った。

 幸恵は作戦は理解したが、果たしてそんなにうまくいくのだろうかと疑問だった。

 太一は相変わらず凡庸な男性にしか見えず、禍々まがまがしい蟲を操る南田と渡り合えるようには思えない。

 見た目だけで言うなら、ミクの方が、ずっと頼もしいような印象を受けた。


 一通り準備を終えたのか、ミクはどっかりと幸恵の向かいに座ると、腕組みをして御札を睨みつけた。

 待つことしかできない幸恵も、同じくテーブルを見つめた。

 しばらくすると、一番端に置かれた御札が青く燃え上がった。その炎はどこにも燃え移ることなく、あっけなく消えた。

 開け放した扉から、ミクが太一に声をかける。


「主任、近いです。たぶん、あと三十分ほどで」


 太一はよろいを装着している。こちらに背を向け、広間の中央で微動だにせず俯いている。


 数分置きに、御札は灰になった。

 最後の一枚がひと際大きい炎に包まれた。


「来ます」


 ミクが、厳しい面持ちで太一を見る。


「わかってる」


 ビルの扉が開けられる音がした。

 太一が、おもむろに顔を上げた。


「やります。ミクさん、藤行さんを、お願いします」


 太一は入口の方を見つめている。

 南田が幸恵を呼ぶ声が近づいてくる。もう、すぐそこにいる。


 太一は盾を持ち上げると、小さくとなえた。



百発百中ひゃっぱつひゃくちゅう――」



 盾を掲げる。



「――絶対圏ぜったいけん



 青白い光が太一を中心に広間に広がり、瞬時に消えた。

 幸恵の全身があわった。自分達のいる場所が、明らかに異様な空間に変化したことを感じ取った。


 ミクが応接室の扉を閉めるのと、南田が広間に入って来るのは同時だった。

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