十月二十六日① 津久野太一

 津久野太一はハンドルを握りながらため息をついた。焦燥を隠しきれない。


 藤行幸恵から依頼を受けて半月以上が経ったが、術を使っての南田の追跡が一向にうまくいっていない。

 南田は彼女に手紙が届いたのと時を同じくして、消息不明になっている。幸恵に刻まれた呪いを辿って、太一達を追って移動していると思われた。

 それを逆手に取って南田の現在地を割り出そうと試みているが、詳細な居所が掴めそうになると術を返されてしまう。

 追跡を担当していた部下が手ひどい火傷を負わされた。


 これは南田の能力が強いせいもあったが、一番の理由は人手不足にあった。

 現在、社内で大きな案件をいくつか抱えており、それに大半の優秀な人材が割かれていた。

 太一が請け負った藤行幸恵の件に割り当てられたのは、前線から退しりぞいて久しい太一と入社二〜三年目の若手が数人だった。

 現役だった時ですら主に後方支援を担当しており、直接的な攻撃力でいえば太一は素人に毛が生えた程度の能力しかなかった。


 実力のある社員の手が空くのを待つためと、幸恵の身の安全を確保するため、社で保有している隠れ家や拠点を数日ごとに移動し時間を稼いでいた。が、彼女の心身の疲労は限界に達しつつある。

 どこかから湧いてくる蟲は、まるで彼女を監視するかのように一定の距離を取って這いずり回っている。

 相手の居場所は一向にわからないのに、狂気じみた気配だけが太一達を取り巻き、その影は明らかに濃くなっている。確実に、近くまで迫られている。


 藤行幸恵を一人にしておとりにするのが、南田をあぶり出す一番の近道だろう。襲いに来たところを太一達で取り押さえる。至ってシンプルだ。

 だが、彼の能力についての情報が不足しすぎていた。

 これまでの太一の“魔物狩ハンターり”人生の中で、似たようなケースを見たことがあった。素人相手だと高をくくって、結果、依頼人と先輩は犠牲になった。

 相手の手の内もわからないままに近づき過ぎない方が良い。幸恵を危険に晒すことは避けたかった。

 思案に暮れたまま雑木林へ続く道を走っていると、それは起きた。


 びちゃ


 湿った音と共に、フロントガラスに黒い手形が複数貼り付いた。思わず急ブレーキを踏む。シルバーのミニバンが大きく揺れた。同乗している幸恵が悲鳴をあげた。

 車通りの無い道であったのが不幸中の幸いだ。


「ははっ」


 太一の口から乾いた笑いが漏れた。突き止めるどころか、こちらの方が追い詰められている。追ってくる速さが日に日に増しているではないか。

 この様子だと、今夜にでも襲撃されるだろう。

 どうする。奴を止める、決定打が足りない。

 脂汗を拭いていると、不意に社用携帯が鳴った。


「やっとこっちの件が片付きました。今、そちらに向かっています」


 それは今、太一が一番欲しい人物からの連絡だった。祓い・浄化の術の強さは社内でも折り紙付きだ。彼ほどの力であれば、全容がわからないとはいえ南田を無力化するのに十分だろう。そしてその支援をするのにかけては、太一は自信があった。思わずガッツポーズをする。


「ありがとう、助かるよ」


 通話を終えるとすぐに、今夜の拠点に先乗りしている部下にリダイヤルした。


「あ、ミクさん? ケンジ君が動けるようになった。今夜、アレをやろうと思う。準備をお願いします」


 震えている幸恵の方を振り返る。


「何とか勝算が見えてきました。今夜、迎えうちます」


 直接南田を倒す能力は持っていなかったが、とある絶対的な技を、太一は持っていた。

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