十月三日① 藤行幸恵
翌日、流華とその父の太一が幸恵を迎えに来た。促されるまま車に乗り込んだ。
津久野家に向かう道中、ハンドルを握りながら太一が話し出した。
表向きは害虫駆除業者を装っているが、霊障や呪いなどの人ならざるモノに対処する仕事をしていること。
病院や病人は怨念や魔物を引き寄せやすく、昨日のような騒ぎが起きるのは珍しくないこと。
看護師長と院長が霊障による不調と判断した場合、太一達が呼び出されること。
荒唐無稽過ぎて、昨日までの幸恵なら一笑に付していたことだろう。
でも、今は。
「ママ!」
津久野家の玄関に入ると、娘の菜帆が飛びついてきた。
「心配かけてごめんね」
幸恵は娘をしっかりと抱きしめて、背中を撫でる。
気絶した自分を発見した時、どれほど怖かっただろう。心細かっただろう。
この子を守るためにも、自分はしっかりしなければと思い直す。
「さっちゃん! 良かったあ!」
流華の妹の
姉妹だけあって、流華とよく似ている。
良かった良かったとしきりに言って、幸恵と菜帆をいっぺんに抱き締めた。
瑛美の温かさが身に染みるようだった。
流華達の母の
ひと息ついてから、太一と二人でダイニングテーブルに向かい合った。
幸恵から離れようとしない菜帆を、流華達が
幸恵は菜帆にほとんど元夫の話をしていなかったので、今回の件についてはまだ知られたくなかった。
「流華からバトンタッチしました。ここからは、プロとしてお話を伺います」
流華はあくまで“ちょっと霊術の才能がある一般人”で何の責任も持てず、これから先の対応は太一が行うとのことだった。
「改めまして、私、こういう者です」
少し芝居がかった口調で、太一が名刺を差し出した。
そこには『㈱ハンター派遣』と書かれている。
「えっと、
言い訳をするように早口になる太一は、どこからどう見てもどこにでもいる中年男性だ。
優しげな風貌なのは良いが、この人に本当に昨日の蟲や元夫をどうにかする能力があるのだろうか、と幸恵は疑わずにいられなかった。
半信半疑ながらも、幸恵は、元夫と離婚するに至った経緯、昨日届いた手紙の内容と黒い蟲についてを太一に話した。
テーブルに広げたノートパソコンに何やら打ち込みながら、太一は静かに聞いていた。
「元々、南田博雄は霊感のようなものはあったのでしょうか?」
「いえ、私の知る限りでは無かったと思います。迷信というか、目に見えない不思議なものの話などは、むしろ馬鹿にしている節がありました」
「そうなんですね……。突然能力に目覚めるというのはよくあることです。手紙に見られる執着心の強さの割に、出所してから数年経って行動を起こしていることから察するに、服役中か出所直後に能力を獲得し、今まで力を“研いで”いたのかもしれません」
そう言うと太一は、ジップ付きのビニル袋に入った茶封筒とシワだらけの便せんをテーブルに置いた。
幸恵が昨日受け取ったものだ。使用感はあるものの、封筒にも便せんにも何も書かれていなかった。あれほどびっしりと文字が記されていたというのに。
「実はもう一通、届いているんです」
別のジップ袋を取り出してみせた。
中には、少し厚みのある真っ黒い封筒が入っていた。
それが封筒に密集した蟲の塊だと気づき、幸恵は悲鳴を上げた。
「大丈夫! 幸恵さん、大丈夫ですから!」
太一は慌ててジップ袋をノートパソコンの陰に隠した。
「嫌なものを見せてしまって本当に申し訳ありません。調査の手がかりになるため、わざと退治せずに閉じ込めているんです。……そして、これからとても嫌なお話をしなければなりません」
「ママ! どうしたの!?」
菜帆が部屋から飛び出してきた。その後を流華が心配そうな顔で追ってきた。
「大丈夫、大丈夫よ……。後でちゃんと話すから、もう少し、待っていて」
幸恵は息を整えるのに必死で、まともに娘の顔を見ることができない。
「でも……」
「お願い」
渋々、菜帆は流華と共に部屋に戻っていった。
「それで、嫌な話、というのは」
続きを促す。
「……こちらの未開封の方の手紙は、菜帆ちゃんに宛てられたものです」
幸恵は両手で口を押えた。それでも絶叫が漏れそうになり、テーブルに伏して声を殺した。
「あの、こういう事態に、私共は決して不慣れではない、ということを念頭に置いて最後まで聞いてください。最善を尽くします」
太一は言葉を選びながら、語った。
昨日、流華が菜帆を送って家の近くまで来た時、蟲の気配に気が付いた。
蟲は藤行家に群がっていて、その中心に幸恵が倒れていた。
蟲を一旦追い払い、搬送される幸恵には娘が付き添い、部屋の片づけと着替えの準備を流華が行った。
病院に着替えを届け、流華が再び藤行家に戻った時、郵便受けに黒い封筒が刺さっていることに気づいた。幸い、娘の手に渡る前に流華が回収した。
内容は読んでいないが、幸恵への手紙とは比較にならないほどの激しい憎悪と殺意がこもっており、もし開封していたら菜帆は死んでいたかもしれない。
「とても、強い呪いがかかっています。長年修行を積んだ術者でも、ここまでの
「どう……どうすれば、良いんですか。家は特定されていて、いつ殺しにくるかわからない、どうすれば……」
幸恵にとって希望のない話ばかりされていた。意識を保っているのがやっとだった。
殺意の矛先がせめて自分であれば、どれほど良かっただろう。菜帆。あの子が何をしたというのか。
「事態は急を要します。早急に南田の身柄を確保して、力を封じましょう」
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