車と少年

「みんな、車で行ったんだよなぁ? ……どうしよ」

 数分前に迎えの車を降りた駐車場に着くと、ずらりと並んだ白い車の車内を早足で覗き込んで回る。

 ただ任務に行けと言う老婆の言葉に理不尽さを感じつつも、出遅れてしまったという焦りが沸々としていた。

「お兄さん! どうしたの?」

 不意に、後ろから元気の良い声を掛けられ咄嗟に振り向いた。

「車で任務に行くの?」

 小学生ぐらいだろうか。背の低い眼鏡を掛けた少年が一台の車の傍で首を傾げていた。

 その少年の隣には、俺と同じくらいの背丈で茶色のショートヘアの女性が無表情で立っていた。

「ああ。任務に行きたいんだけど……」

 そう言って二人に歩み寄ると、どちらも白いコートを纏い、その腕に〈6³〉と施された腕章を身に着けているのがわかった。

「地下鉄で行かないの?」

「いや、車で……って、地下鉄?!」

 意表を突く少年の言葉に思わず声が裏返った。

「そうだよ! 地下鉄! 僕達以外はみんな地下鉄で行ってるんだよ!」

「あ、え? そ、そうなの?」

「あはは! お兄さん、乗り遅れちゃったんだね?」

「あ、あはは……そんなところかな……はは」

 無邪気な笑顔の少年に、頬を掻き苦笑いで返した。

「じゃあ、一緒に行こうよ!」

「え? いいの?」

「いいよ! 早く行こう!」 

 少年は傍に止まっている車の助手席へと乗り込むと、ショートヘアの女性は何も言わずに運転席へと乗り込んだ。

「あ、あれ? 運転手さんは?」

 後部座席に乗り込みながら、そう問いかけると、女性は答える事もなく車を発進させた。

「……あのぉ?」

「一般の運転手だったら、任務中は本部で待機してるよ! ただの一般職員だからね!」

 少年は助手席から身を乗り出してそう言うと、手を差し出してきた。

「僕は、鷹山たかやましゅん! 隼でいいよ! よろしくね! お兄さんは?」

「あ、深麓数哉です、よろしく……」

 差し出された手を握り返すと、隼は笑顔を浮かべて運転中の女性の方を向いた。

「そして、こっちの無愛想なお姉さんが……」

飛騨ひだです」

 女性が隼の言葉を遮るように、ボソリと名乗った。

「飛騨さんですか、よろしくお願いします」

「よろしく」

 飛騨はバックミラー越しに俺を一瞥すると、そう返した。

「ねえ、お兄さんは影滅者なんだよね?」

「え? ああ、一応、ね」

 俺の言葉に隼は目を輝かせて助手席の上で座りながらピョンピョンと跳ねた。

「いいなぁ! リンクキーパーも持ってるんだよね? 僕たちは持ってないからなぁ」

「え? あれ? 持ってない? なんで?」

「だって、僕たちは影滅者じゃないもん! ただの特殊攻撃要員なんだよぉ」

「特殊攻撃要員? 隼くんも飛騨さんも?」

「そうだよ」

「あの、特殊攻撃要員って、何かな?」

「特殊攻撃要員って言うのは、僕たちみたいに影滅者じゃないけど、影と戦う人たちのことだよ」

「え? でも、どうやって?」

「この車に乗って戦うんだよ! この車は〈フォーティ〉っていうんだけど、6³の速度で走ることができるんだよ!」

「6³で……そうなんだ……」

 影滅が出来る特別仕様の車体ということか。

 しかし、6³の速度で走ることが可能とはいえ、それを維持し続けるのは至難の業と思われる。とんでもないドライビングテクニックが必要だろうな。

 神原さんの話によれば許容誤差はコンマ以下ということだけど、こういう車を実戦投入しているということは、車自体に6³の速度を維持するサポート機能などがあるのかもしれない。

「飛騨のお姉さんが運転して、僕が影を倒すんだよ!」

「隼くんが?!」

 思わず身を乗り出して、隼の顔を覗き込んでしまった。

「うん! えーと……この銃……ベレッタでね!」

 隼はダッシュボードから映画やゲームでよく見かける形の銃を取り出し、俺に見せてきた。

「それ……本物?」

「本物だよ! 何の変哲もない、ただのベレッタだよ! だけど、弾丸は僕の遺伝子入りの特別製だけどね!」

「なるほど……」

 ゆっくりとシートに身を預け、神原の説明を思い返した。

 影を認識してる者は、影に触れる事が出来る。

 そして、その者が扱う物体も影に触れる事が出来る。

 しかし、あくまで直接触れている物体に限る。

 また、その者の遺伝子が備わっていれば、その限りではない……。

「今回、僕たちは後方支援だから戦う事は出来ないだろうけど、お兄さんは戦うんでしょ?」

 隼は溜息を吐きながらベレッタをダッシュボードに仕舞うと、俺に振り返った。

「え、あ、ああ……戦うよ」

「じゃあ、休んでなよ! 任務地の都市部までは車だとあと二時間はかかるからね! 僕も寝ようと思ってるし!」

「そうかぁ……じゃあ、ちょっと一眠りさせてもらおうかな」

 バックミラー越しに目が合った飛騨に会釈すると、シートに深々と身を沈めた。

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