街中と骸骨

「お兄さん! 頑張ってねー!」

 走り去る車の助手席から身を乗り出し、元気良く手を振る隼を見届けると周囲を見回した。

「……誰も、いない」

 都市部。

 道を歩く人や、建物の中を覗いても、誰一人としていない。

 数日前の日曜日に歩いていた街中の喧騒とは逆転した静寂。

 活気に溢れていた街がゴーストタウンと化していた。

 人通りの全くない道を歩きビル街を抜け、スクランブル交差点へと出た。

「あ! 数哉くん! やっぱり来たね!」

 聞き覚えのある声に振り向きつつ安堵の溜息を吐き、交差点の中央に佇む白いコートの女性に手を挙げて応えた。

「美紅さんっ! ……それに、えーと」

 美紅の隣に立つ二十代後半と思われる同じく白いコートを着た細見の男を視線を移した。

 同性の目から見ても間違いなくイケメンという部類に入る顔。

 この男も影滅者なんだろうか。

金剛こんごうだ。よろしく」

「こ、金剛さんですか……どうも。深麓です」

 外見にそぐわない名前に少しばかりの戸惑いを覚えつつ、差し出した手を握り返した。

「ふっ。大丈夫なのか? こいつ?」

 金剛はすぐさま手を放すと美紅に振り返り、俺を顎で指しながら薄ら笑いを浮かべる。

「大丈夫よ、ね?」

 美紅は自信ありげに答えて、俺にウインクをして見せた。

「ふん。ただでさえ今回は危険な任務なのに、足手まといになるだけだろ?」

 金剛は俺を一瞥し、肩を竦めて鼻で笑った。

 正直な話、金剛の言っていることは間違ってはいないと思う。

 美紅は随分と俺に期待しているみたいだが、それに応えることができるかはわからない。

「とにかく、帰った方がいいんじゃないか?」

 頭を掻いて俯く俺に向かって、金剛がそう言い放った時。


ガラガシャッ!


「っ?! 来たわよ!」


ガシャガシャガラガシャッ!


 美紅の声を受け、金剛は振り返り、俺は顔を上げた。

 骸骨の形をした〈影〉がアスファルトの地面から染み出る様に這い上がってきた。

 その数4体。

「よし――」

「どいてろっ!」

 金剛は構えようとする俺を押し退けて前に出ると、懐から一本の20cm程の鉄針を取り出し、目の前に掲げた。

われほむらって、めっし、朱雀すざくって、じょうす、って、ぜんす」

 金剛のことばに反応するかのように、鉄針が紅く輝き始める。

焔矢ほむらや浄魔朱雀じょうますざく!」

 そう発して金剛が放った鉄針は、炎に包まれながら一直線に宙を駆り、一体の骸骨に突き刺さった。


ゴオォォウッ!


 骸骨は一瞬で炎に包まれ灰となり、黒い粒子となって宙に舞消えた。

「ふん。大したことない。残りも俺に任せろ」

 金剛は得意げにこちらを見ると、懐から3本の鉄針を取り出し、両手で包み込んだ。


カラカラカラカラカラッ。


 突如、残った3体の骸骨が乾いた音を立てて崩れ去り、地面の中へと沈んでいった。

「ん? なんだ?」

「私は何もやってないわよ?」

 金剛と美紅は揃って俺に視線を向ける。

「え? い、いえ、俺も何も……」

 二人に見咎められ、慌てて首と手を振り否定した。

「そうなの? じゃあ、なんだろ? 逃げたとは思えないし、何だか嫌な――」


ガラガシャッ


 美紅が言葉を言い切る前に、地面から再び骸骨の様な〈影〉が這い上がり出した。


ガラガシャガシャガラッ!


 何体も。


ガラガシャガシャガシャガラガラガラッ!


 ワラワラと湧き上がるように。


ガラガシャガシャガシャガラガラガラガシャガラガシャッ!


「ちょ、ちょっと、まだ、増えるの?」


ガラガシャガシャガシャガラガラガラガシャガシャガシャガラガラガシャッ!


 その数は数十体にも上り、まだその数を増していっている。

「おいおい、何体出て来るんだ。ヤバイな」

「退いた方がいいかもね。私が牽制するわ。結界をお願い」

「……わかった。新入りは下がってろ」

「え? でも――」

「邪魔なんだよ! 下がってろ!」

 金剛は俺に怒鳴りながら手にした鉄針を懐に戻し、美紅の背後に付いた。

 美紅は金剛が後ろに付いたのを見届けると、一歩前に踏み出し行動に出た。

りん!」

 そう発すると、美紅は両手を組んで印を結ぶ。

われ光明こうみょうって、さくし」

 美紅の後ろで金剛は、懐から取り出した鉄杭を詠唱しながら地面に突き立てていく。

 俺はその二人の行動を横目に、両手を合わせ、それを口元へと近づけた。

びょう! とう! しゃ!」  

 発する言葉に合わせて、美紅は次々と印を結んでいく。

四聖しせいって、かいす」

 金剛は四本の鉄杭をそれぞれが正方形の点になるように地面に突き立て終える。

かい! じん! れつ! ざい! ぜん!」

 美紅は組んだ印を解き放つと、大きく息を吸い込みながら両手を合わせて花の様に開き、それを骸骨の群れに突き出す。


 ガシャガシャシャっ!


 出揃ったかの様に骸骨たちの増殖が止まると、一斉に白骨の頭部をこちらに向け、その漆黒の眼窩でこちらを見据えてきた。

っ!」

 美紅がそう発すると、青く大きな光が、その両手から撃ち出される。


ガシャァァンっ!


 打ち出された青い光弾が数体の骸骨を弾き飛ばすのを見届けると、美紅は後ろへと飛び退る。

かがみって」

 金剛は美紅が隣に来るのを見計らい、鉄杭で結んだ正方形の中心に立つ。


ガシャガラガシャガシャ!


 美紅の攻撃を受けた骸骨の群れが物凄い速度でこちらへと押し寄せて来る。 

「速いっ! 来るわ!」


ガラガシャガシャガシャシャァァ!


 筋肉の無い骨となった体躯とは到底思えない程の速さで駆ける骸骨たち。


ガラガシャガシャガラガラガラガシャシャアァァァ!


「まだっ?! 早く結界を!」

 美紅は眼前まで迫った骸骨の群れを前に、不安な表情を金剛に向ける。


ガラガシャガシャガラガラガラガシャシャガシャシャアァァァァァァ!


「全と成す! くそっ!」

「間に合わないっ!」


ガラガシャガシャガラガラガラガシャシャシャシャガシャシャアアァァァァァ!


 失意の表情を浮かべる美紅と金剛。

 その二人に骸骨たちの手が掛かりそうになった、その時。

風刃拳ふうじんけん!」

 俺は右の拳を繰り出しながら、骸骨の群れへと飛び込んだ。

 風を切るような音と共に、数体の骸骨がズタズタに引き裂かれ、黒い粒子となって消える。

凍刃拳とうじんけん!」

 繰り出された左拳は、さらに数体の骸骨を凍らせて砕き、そして、黒い粒子を舞い上がらせた。

「何、だ? こいつ。あの技はまさか……」

「あ、あはは! やっぱりね! ふふっ! 凄いっ!」

 驚愕する金剛を横目に、美紅は笑顔を浮かべた。

合技ごうぎ! 吹雪ふぶき!」

 俺は両手を合わせ、そのまま前に突き出した。

 数十体の骸骨が凍り、引き裂かれ、黒い粒子となって宙に舞った。

「何者だ? 間違いなくあの技は……」

「ふふっ! 全滅ね! 私の見込んだ通り! 大したものね!」

 美紅はそう言って、戸惑いの表情を浮かべる金剛を尻目に、俺のもとに歩み寄っってきた。

「……とりあえず、終わりましたけど。これからですね」

 美紅を一瞥し、空を見上げた。

「終わりじゃないの? 他の仲間も行動してるから、そろそろ良い感じじゃない?」

「いえ。お婆さんが言っていたのが、まだ――」

「え?」

 美紅が空を見上げると同時に、空が一瞬、光った。

「っ?! 美紅さんっ!」

「きゃっ?!」

 咄嗟に美紅を後ろへと突き飛ばす、それと同時に右肩に鋭い痛みが走った。

「ぐぅ……こ、金剛さんっ! 美紅さんと結界を! 早くっ!」

「あ、ああ! 分かった!」

 金剛は一瞬の躊躇の後、美紅を連れて鉄杭で結ばれた結界の中に入る。

鏡界陣きょうかいじん!」

 金剛のい詞に応えて、鉄杭が輝き出した。

 結界の効力で姿が消えてゆく美紅と金剛。

「数哉くんっ! ダメよっ!」

 金剛は結界から出ようとする美紅を押さえながら俺に顔を向けて頷いた。

「大丈夫ですよ! これでも、影滅者ですから!」

 俺はそう言って、消えゆく美紅に微笑んだ。

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