日常と邂逅
2019年の秋口——
日曜日の人で賑わう街中、昼食に何を食べようかと思案しながら歩いていると、ふと聞こえた。
「泣き声? それに……」
立ち止まった先には路地裏。
その路地裏に向けて俺は嫌な予感を抱きつつ、耳を澄ませた。
ビル風の合間に聞こえてくる子供のモノと思われる啜り泣く声。
そして、もう一つの声。
「やっぱりか」
その声を確信して、路地裏へと駆け出した。
ビルの陰になり、日中だというのに暗い道を躊躇なく奥へと駆け進む。
そして、進めば進む程にはっきりとその声が聞こえてくる。
そう、唸り声だ。
犬の様な唸り声が、徐々に大きくなってくる。
「……いた」
俺は走りながら手近に落ちている小石を拾い上げ、それに軽く息を吹き掛けた。
グルルルルルルルルルルルルルルルルル
向かう先には、大きな犬の様な赤い化物が気味の悪い唸り声を発していた。
しかし、その化物は俺に気付いておらず、円を描くようにうろうろと歩いている。
「間に合った、か?」
化物が品定めをするかのようにうろつき描く円の中心には座り込んで泣いている女の子が一人。その少女を見とめ、一応は無事であることに安堵の溜息を吐いた、その束の間――。
グルゥグガガアァァッ!
化物が女の子に向かって咆哮をあげ、それに少女は頭を抱えて慄いた。
「こっちだ!」
俺は化物に向かって手にした小石を投げつけ、注意を引き付ける。
ガアゥッ!
脇腹に小石が当たると化物は軽く呻き、すぐに俺を捉えて睨みつける。
「よしよし、いいぞ! こっちだ!」
化物に手招きしながら右腕の袖をまくり、左の人差し指と中指を揃えて立てると、それを筆のようにして文字を書くように右腕と手の甲をなぞっていく。
グルルルルルルルルル
唸りながら、じりじりと間合いを詰めてくる化物。
「天地! 神明! 授かん!」
右の拳を天に突き上げながらそう発すると、それに呼応して指でなぞった箇所が白く輝き出す。これで準備は完了だ。
グガアァウゥッ!
化物は大きく吠えると、その大きな口から炎の弾を俺に向かって吐き飛ばした。
横に飛び退いて炎の弾を難なく躱したが、後方でそれが着弾し、壁の一部分をドロリと溶かした。
「マジ、かよ」
溶けた壁を一瞥して、背筋に寒気を覚えながらも化物めがけて地を蹴った。
グガウゥッ!
化物は再び咆哮を上げて炎の弾を飛ばしてくるが、それを体を捻って回避し、そのまま勢いを止めることなく突進した。
グガアアァウゥッ!
一際大きく吠えると、化物は大きな口を開けて飛び掛かってきた。
「飛んで火に入る、夏の、っと!」
ブレーキを掛ける様に両足を地面に摺らせながら、白く輝く拳を振りかぶり、飛び掛かる化物の顔面に向かって突き出した。
ギャンっ!
拳が顔面に触れた瞬間、眩い光と共に化物の首が宙に舞う。
「ふぅ。良かった良かった」
地面に転がる化物の頭部が黒い粒子となって宙に掻き消えるのを見届け、溜息混じりに呟いた。
「――良くないわよっ!」
突然の怒鳴り声に軽く飛び退き、声のした方に視線を走らせると、いつの間に現れたのか、女の子を保護する二人の白いコートを纏った男たちと、俺を見据えながら腰に片手を当てて仁王立ちする女性がいた。
「キミっ! どこの所属?! 単独行動は危ないわよ! どうかしてるわ!」
「え? は? あ……え?」
意味も分からず目が点になっていると、その女性はつかつかと白いコートをはためかせながら俺に歩み寄り、その綺麗な顔を近付けた。
「だ・か・ら、どうかしてるわよ?」
そう言って、艶やかにウインクをした。
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