第12話
長い長い大学生の夏休み、私は一人で関西にある母の墓を訪れた。母の病室によく飾ってあった花をお店の人に調べてもらって花束にして持って行った。きれいに掃除された墓の前にしゃがんで手を合わせる。おかげさまで元気に過ごしています、とよくある挨拶と近況報告をした。花束を置いて、久しぶりに切なさを感じながら帰路に着いた。
あの夢から覚めたあとも、当然現実は何も変わらなかった。相変わらず罪悪感に苛まれる時はあるけれど、高校生の私と母にはあれが正解だったのかもしれないと思えるようにもなった。正解でなくてもいいや、とも。母は私を愛してくれていたし、私も母を愛していた。夢だから、母の言葉も都合のいいように作られたものなのかもしれないけれど、何となく、母ならそう言っていたような気もする。
家に戻ってからあの和菓子屋にもう一度行ってみた。お店のおばあちゃんは私の顔を見て少し驚いて、もう一度一口サイズの羊羹をくれた。あの日は気づかなかったけれど売り物の羊羹の包装は百貨店でもよく見るもので、父の分も買って帰った。三等分して一つは仏壇に供え、お茶を入れて父と二人で食べた。思いの外父が気に入って、久しぶりに父の弾んだ声を聞いた。嬉しくなって、私は定期的に小さな和菓子屋に通った。けれどその年の年末、一ヶ月ぶりにその場所を訪れると閉店しましたと言う貼り紙が古い小屋に残されているだけだった。最近ではもう父の笑う顔も時折見られるようになっていて、和菓子屋がなくなったことをそれほど残念には思わなかった。
やっと母のいる家庭が終わったのだと思った。きっと、ここから母のいない私と父の生活が始まったのだ。家族を失った者として、立ち直るまでの一年半が長いのか短いのかはわからないけれど、これで本当の私たちの日常が動き出したのだ。これでいい、母のことは忘れないけれど、私たちの生きる世界に母はいない。自分でも驚くほど清々しく、笑みがこぼれたのがわかった。
さよならの仕方 藤島喜々 @komame_18
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