第10話
見慣れた廊下を進むうちに心臓が破裂するんじゃないかと思うくらい脈打って、冷や汗が止まらなくなった。嬉しいような怖いような、これが本当に最後のチャンスだと思うとそれだけで息がつまって涙が溢れそうになる。母の病室に着くと一年ぶりの母の声が聞こえてきた。看護師さんと話しているようで、私の記憶の中の母の声よりだいぶか細い声だった。
意を決して扉をノックすると看護師さんが優しく挨拶して部屋から出て行った。母は私の方を向いて申し訳なさそうに笑った。さっきよりも少し明るい声で、ありがとうね、と言って、私が好きだと言っていた紅茶のペットボトルを差し出した。私はそれを恐る恐る受け取って、動揺がバレないように目を合わせないまま丸椅子に座った。遺影に写った顔よりずっとこけていて顔色は悪く、久しぶりに現実を見つめた気がして一気に一年前の感覚に引き戻された。あの頃どんな話をしていたのかもう思い出せなくて、伝えたかったことも上手く言葉にできなくて、しばらく沈黙が続いた。不思議そうにこちらを見つめる母の顔をまっすぐ見ることが出来ず、歯を食いしばって涙をこらえた。私の目の前にいるのは、今日を最後にもう二度と私の前に現れてくれない母だった。
「お母さん、もっとちゃんと家にいればよかったね。」
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