第9話

 非情にも夜は更けてきて、落ち着かないうちに早々に寝る準備を済ませてしまった。最中を前にして悩んでいる自分の姿が可笑しく思えて、やけになって手に取った。じっと睨むように見つめて、深く考えないよう自分に言い聞かせた。

 包み紙を剥いで、まんまるの最中を恐る恐る口に入れた。生地がサクッと崩れてすぐに餡子の香りが広がった。やさしい甘さで少しだけ、目頭が熱くなった。食べてすぐ後悔して、忘れたくて歯磨きをして、すぐ布団に入った。緊張で高鳴る自分の鼓動を聞きながら目をぎゅっと瞑った。だんだん意識が遠のいて、真っ暗な世界に落ちていった。




 どれくらい経っただろうか。気がつくと私は以前よく通ったバス停に立っていた。数ヶ月前まで着ていた制服が窮屈に思えた。赤い錆びた鉄の看板にはこの辺りで一番大きな病院の名前が書かれている。本当に来てしまった、と急に恐ろしくなって大げさに深呼吸をする。夢の中だとわかっているのに、生ぬるい風や行き交う自動車の音があまりに当時のものと同じに感じて、母が待っているはずの病室へと急いで足を運んだ。病院のロビーの掲示板には、母が亡くなる一週間前の日付が書かれていた。私が、最後に母と言葉を交わした日だった。

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