第3話

 高校三年のゴールデンウィーク、母は外泊許可をもらって久しぶりに家族三人で家で過ごした。もうそのころには母は自力で歩けなくなっていて、リビングに布団を並べて三人で寝た。私は母が入院してから料理をするようになったので、親子丼を夕食に作って食べた。母はおいしいおいしいと何度も呟きながら食べていたけれど、丼の三分の一も減らないうちに箸を置いてしまった。次の日は近所の公園に出かけて、屋台のたこ焼きを食べたあと母は病院に戻った。これが、家族で過ごした最後の休日だった。

それから母は衰弱していく一方で、私も学校帰りにできる限り病院に寄った。毎日馬鹿げた話をした。いつも受験生なんだから勉強しなさい、と言われて帰るのが定番だった。最後の一ヶ月半、大事な話はひとつもしなかった。いつか治るだろうなんてそんなのはとっくに消えていたけれど、近いうちに母を失うとは思えなかった。バリバリ働いていた頃から変わり果てた姿にふと涙が出ることもあった。何度も元気になって帰ってきて、と言った。自分に言い聞かせるようにも、母に希望を持たせるためにもしつこいくらい言った。母と話した最後の日、いつものように病室でサイドテーブルの花瓶の水を取り換えた。しばらく他愛ないおしゃべりをして、試験前なんだから帰って勉強しなさい、と言われ、丸椅子を片付けた。じゃあ、また来るね、早く元気になるんだよ、とおどけた挨拶のように残して病室を後にした。この日の真夜中、母は容体が急変して意識を失い、一週間後私と父、祖父母が見守る中、息を引き取った。

 お葬式で、私は泣かなかった。父も葬儀の場では泣かなかった。もともと会話が多い親子では無かったが、母が死んだあと父は余計に無口になって家の中はしんとしていた。一年半の闘病生活を経験し、私も父も大きく動揺することはなかったけれど、私たちの生活から大事なものが欠けてしまった喪失感はいつまでも残った。

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