この世の夢

どうじゃ、どうじゃ、幸せか?

誰かに声を掛けられて振り向くと髭をたらした老人がほほ笑んで立っていた。

あれ?あなたは…


欲しいものは何かと訊いてきた老人が、いるではないか。


男はこれは夢だから目を覚まさなければと頬を思い切りつねった。

夢ではない。


あなたはどうして私の部屋にいるのですか?

勝手に入らないでください。


これは夢じゃよ。夢の中で頬をつねっても、目覚めないわい。

ははははは。


いや目覚めたとしても、それもまた夢。

ははははは。


お前の見ているものは、全てこの世の夢じゃ。

お前は命尽きるまで、心躍らせて、はたまた悩みさ迷う儚き生きものよ。


男はこの1週間で踊る女をみたことを老人に悟られないようにしようと思った。

本能的に口にすればいけないと思った。


しかし老人は、お前は幸せになりたいと言った。

私は1週間で幸せにしてあげると約束した。


どうじゃ、幸せとはそういう気持ちのことじゃ。ははははは。


我を捨てれば楽じゃ。

野の花のように、全うできれば立派じゃ。


風が吹けばシナシナと撓み逆らわず、奢らず、優しくな。


ほぉれ!

老人が杖を向けた先に、隣の庭で踊る女が見えるではないか。


私は彼女のことが知りたい。どこの誰ですか?

私に囁いてきた。

私の目の前に現れて、私の関心を奪って、私は彼女に近づきたいし、踊る理由も知りたい。

どうして若くて可愛い女性が、真夜中に踊っているのか。

この偶然を運命と思うと、ワクワクが止まらない。

自分が変われるような気がするのです。

今度こそ、強い人間いなれそうな勇気がわいてくるのです。

そしてなにもかもが上手くいくような気がしてならないのです。


ほぉれ!

よく見てみろ。ほれほれ!

老人は杖を振りかざしてゆっくりと下に向けた。


杖の刺し示した方は、暗がりで踊る女の姿は無く、ただ庭木の枝が風にゆさゆさと揺れているだけだった。

















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飢える人 くるみ @sarasura

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