欠乏
翌日熱は下がっていた。
夢か?
寝落ちしそうな瞬間、思い切り瞼を開けてみた。
あれは夢ではない、男は自分に言い聞かせて再び目を閉じた。
仲間を作ったことも、女と付き合ったことも無く生きてきた。
人生の目標とか聞かれても、答えは無かった。
何ごとにも積極的に向かっていくというより、面倒な事や災難を避けるように生きてきた。
働くことは食うために時間を売っていると思っていたし、職場の先輩の注意をうけない程度に適当にやっていた。
圧力をかけてくる人間には思い切り威嚇、そして即逃げた。
批判には過敏で、耳で聞いても聴き入れることはない。
言葉に反応し、内容を吟味することはなく相手を叩きのめしてやるという衝動にかられた。
思考や行動の原動力は、親が悪い初めから育った家庭が壊れていた、という怒りの延長線上にあった。
食事で空腹が満たされたとき、ゲームに没頭しているとき以外、欠乏した心は埋まらない。
死ぬまでは生きているだろうな…漠然とした不安が時々頭をもたげた。
しかし、これでいいのだと思っているわけではない。
友也は時々、おまえ頑固なやつだなと笑った。
目が覚めた。昨晩と同じ午前3時を過ぎていた。
男は窓を少し開け、カーテンの隙間からあの踊る女の姿を探した。
真っ暗な大木の陰で、闇夜はさらに深く静かに沈んで見えた。
踊る女は、坂の途中にあるピアノが流れているあの家に住んでいる女性なのか?
それとも関係の無い、このあたりの住人なのか?
たしか女が躍っていたのは隣の広い庭の当たりだった。
男は昨日の光景を反芻するように思い出そうとしていた。
暗がりを凝視していると、微かに風が吹いた。
黒い女の影が両手を上に挙げて踊っている。
おいおいおい、今日も来てるぜ、どこの誰なんだ?
男は息を殺して女の姿を眺めていた。
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