第二膳 カレーの冷めない距離(1)
紅子がわたしの家でお茶漬けを食べてから丁度一週間経った、金曜日。
アパートの斜め前にあるラーメン店が明かりを落とした頃、彼女がお土産持参でわざわざ訪ねてきてくれた。
お土産は、黒地に緻密な幾何学模様が織り込まれた生地のブックカバーだった。彼女の手作りだという。食べ物でなくて有難かったが、なかなか個性的なチョイスだと思う。
「まぁ、上がりなよ」
そういうと嬉しそうに靴を脱いで部屋の中に入ってくる。
それから少し鼻をひくひくとさせた後、ぱっと鼻を押さえて頬を染め、恥ずかしそうな笑顔を浮かべた。
まあ、そうしたくなる気持ちは分かる。
部屋の中いっぱいにスパイスの香りが広がっているのだから。
「今日はカレーを作ったんだよね。良かったら食べてかない?」
その言葉に、彼女はちょっとびっくりしたような表情を浮かべた。
すごく内面で葛藤しているのか、やたらと足元と天井で視線を往復させている。
その間にわたしはさっさとカレーの支度を開始する。
そんなつもりで来たのではないことは分かってる。
先週来た時の話しぶりや佇まいからして、図々しいと思われるのが嫌なタイプなのも分かっている。
でもカレーの誘惑に勝てる「人間」はそうそういない。
「実は作りすぎちゃってさ。口に合えばいいんだけど食べて行ってよ」
――口に合えばいいんだけど食べて行ってよ。それにさ、一人で食べるより二人で食べる方がもっとおいしいと思うんだよね。
美奈が初めてこのアパートに来た時、そう言ったことを思い出し、わたしは俯いて少し笑った。
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