第40話 濁らせられない色

「うっんまぁい!」

「こらトゥー、少し落ち着いて」

「でもこれ、ングング⋯すごい美味し、ングング⋯」

「まったくもう⋯」


 トゥーが肉を頬張り目を輝かせながら叫ぶ。足をパタパタさせている様子は本当に子供のようだが食べる量だけは可愛くない。


 ボク達が集まるのはバーミリオンの食堂。豪華な部屋に調度品、絵画に花や骨董品。バーミリオンの一員となって見る機会が増えた最上級の物達に見守られながら食事をとる。


 出てくる料理ももちろん一級品、ラヴァさんゼインさんが美しい所作で食事を進め、トゥーは一人だけおかしな量を盛られたお皿を手でかきこむ。

 ボクはゼインさんの見様見真似で綺麗に食べる練習中だ。村にいた頃は薄いスープにパンとかだからあまり食器を使うことに慣れていないのだ。


「ネスそんな遅いと冷めちゃうぞ」

「あげないからね!」

「ふふっ、ご飯食べて元気になったね」

「こんなのんびり食事をとってて雹真は無理をしていないだろうか⋯」


 ゼインさんだけが心ここに在らずのまま美しい所作で食事を進める。


「そうですよね⋯雹真さんすごい怒ってましたし」

「いくらなんでも蒼龍様相手に一人では無謀だろう」

「その、蒼龍様ってどんな人なんですか?」


 ボクは治療室の時点で気になっていたことを質問する。


「浅葱家先代当主、浅葱 蒼龍⋯。瑠璃様に青の濃度は劣るらしいが、長く青を研鑽した彼の青は炎を操るらしい」

「青の家系で炎……ですか?」

「青だからこそ炎に目をつけたらしいぞ。蒼炎は赤い炎よりも数段パワーがあるからな」

「え……てことは」

「こっち見ないで」

「す、すまません」


 赤最上位の炎使いであるラヴァさんよりも格上。有利不利だけならともかく、同じ土俵で純粋に負けるラヴァさんが想像できない。

 下手をすると溶岩のような赤の炎を放っていたサラマンダーよりも温度だけなら上だとでもいうのだろうか。


 サラマンダーの方を向いても話を理解している訳もなく、ラヴァさんが指から渡す炎をパクパクと食べている。


「青の家系で水を得意としつつトップは赤を凌ぐ炎使い……。そんなの助けようがないじゃないですか……」


 蒼炎が青でありつつも炎である赤系統であるらばトゥーも無力化された。貴重な青を持たない僕達は瑠璃さんの元へ行くにはあまりに無力だ。


「だから雹真はひとりでつっこんだのだろうな」

「……あ、青がいないからって、そんな」

「蒼龍様に勝てるとしたら最上位の青かなにか打ち消せる色だがアクリルにそんな冒険者はいない」

「でも誰かが止めなくちゃ青がアクリルから消えるってことですよね! そうしたらラヴァさんの目的は……」

「黒の席もまたしばらく無理だろうね」


 ボクが護るべき人の夢を守れない。何にせよラヴァさんから何かを失わせてはいけない。燃え尽きるような煌々とした赤い生き様を濁らせてはいけない。


 ボクなんかが出し惜しみして彼女の輝きを曇らしていいはずがない!


「……ボクにいかせてください」

「ネス、だめ」

「お嬢ですらどうにもならない蒼炎を貰い物の赤でどうする気だ」

「もちろん無茶なのは分かっています……。でも囮くらいにはなれます。いざとなればサラマンダーの時のように……」

「ネス……!」


 ボクの記憶では曖昧なサラマンダーとの死闘。ラヴァさんに助けられたおかげで途中から意識を失ってもボクは生きている。

 しかし、意識を失う直前。空っぽになったボクの体の中に、空っぽなボクにお似合いの何かが満ちる感覚があった。

 もしあれがなにか取っ掛りになれば。少し小さな歪を作れればこの人達ならやってくれるはず。


 そうそうたるメンバーの前でボクはまた覚悟を決めた。

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