第27話 出会いの色(2)

「それじゃ、行ってきます」

「気をつけてな」

「行ってらっしゃい」


 回復してから数週間、サラマンダーの一件からボクの能力を伸ばそうと単独でこなせる任務をいくつか回されている。透明は相変わらず余裕がある時には使えないが、身体強化は相当お手の物になってきた。


 森と低級ダンジョンを主に見回っているがミノタウロスと対峙することは一度もなかった。あの時出会った影を警戒する話も出たがスカーレットが都市守護の任を離れる訳にも行かず、各々警戒しながらも手早く任務を終える方向で話がまとまった。


 ボクも前に感じていた嫌な視線がなくなったから単独だからこそ小回りの効く任務にでている。

 統率を取らなくていい分少し都市より離れた森の奥まで見回りだ。遠いからといって放置すれば巣が作られていることがあったりするからだ。


「今日も来なかったな。都市に来た直後に二回も襲われたのに···何かほかの狙いがあったのかなぁ」


 連日警戒はしているが、影の目的は分からない。モンスターに埋め込まれた黒は大きなヒントなのだろうが、そんな技術は都市の文献のどこにもなかった。


「ボクがしっかりしてれば···あの影と顔を合わせたのはボクだけなのに」


 森を歩きながら悔しげにつぶやく。あのときこうしていればと、考えても仕方ない事が頭をよぎる。ミノタウロス一匹を被害なく倒せた、それだけでいいはずなのに。

 ボクの嫌な堂々巡りはここで終わる。


「ん、なんだろう。ここら辺こんなに涼しかったかな···まさか、また何かモンスターが!」


 脚に熱を送り込み筋肉を一気に膨張させる。地を蹴り冷気の方へと向かう。サラマンダーのように氷の上級モンスターが現れれば今度は討伐隊を連れてこなければならない。しかし、氷の上級モンスターなんて居ただろうか。ゼインさんに叩き込まれたモンスターの図鑑を頭の中でめくりながら現場へ向かう。

 熱を全身に巡らせ冷気の中心へ向かう。


「ここ···? こんなに冷気があるのに何もいない」


 そこにはには何もいなかった。冷気を纏うモンスターなんて影も形もない。ただただ氷でおおわれた空間が幻想的で綺麗だった。


「ん? こんな森の奥にお客さんか」

「え···人がいる?」


 都市からは離れ、近くに村などもないはず。それなのに倒木に腰掛ける男性が一人。

 極東の出なのだろう、ゆったりとした青を基調に白を差した和服と綺麗な黒髪、所々白い毛が混じった髪型はボサボサと広がり前髪は少し目元にかかるくらい長い。

 体格はボクよりやや高そうだがそのスタイルのせいか体重はそんなに差がなさそうな気がする。


「君暖かいね。スカーレット?」

「え、あ、はい。ネスです、ネス・クレア」

「あ、サラマンダー倒した子だ。凄いよね瑠璃もキミくらいの歳にサラマンダー討伐一緒に行ったなぁ」

「瑠璃? もしかして雹真さん?」

「え、なに。僕のこと知ってるの? まいったなぁ」


 掴みどころのない人だ。飄々としているのに雰囲気は上級冒険者よりも色濃い。

 今も頭に手をやり「照れるなぁ」とわざとらしくやっている男性が話に聞いた雹真さんだとは思えない。


「ず、随分イメージと違いましたけど。浅葱 雹真さんであってますよね」

「うん、僕が浅葱家の雹真さんだよ。分家だけどね」


 今度は「たはー」とわざとらしく頭を抑えて仰け反る。

 正直こっちが「たはー」だ。あのゼインさんが一目置く男性のひとりがこんななんてショックだった。

 ボクは雹真さんの動きがうつったのか大袈裟にガックリと項垂れてしまった。


「どうしたネス少年?」

「いえ、なんでもないです⋯」

「あー、さては信じてないな。よく言われるんだ僕、浅葱の当主に選ばれなかったのは分家だからよりも本人の素質だって」

「いや! そこまでは思ってないですよ!」

「ふーん、そこまでは、ね?」


 案外キレる人なのかもしれない⋯。上手く乗せられて気持ちを引き出されてしまった。


「いえ、ご、誤解ですってば」


 ボクは必死に手を振りながらあの化け物に認められている化け物を刺激しないようにした。


「そんなに慌てなくたって怒ってないよ。宗家の奴らが僕に何か言ってくるのは慣れっこだからね。瑠璃さえ良くしてくれれば何も文句ないさ」

「ゼインさんに聞いていた通り本当に瑠璃さんのこと大事にされているんですね」

「もちろんさ、親父のせいで僕は白い目で見られるけど、親父のおかげで唯一血の繋がった瑠璃がいるんだからね。瑠璃だけは守らなきゃ」


 瑠璃さんの話をする時の雹真さんは本当に優しい目をしていた。宗家、分家よりも血の繋がった家族を本当に大事にしているんだと会ったばかりのボクにもひしひしと伝わってきた。


「さて、冷気も出し切れたしそろそろ行くよ。またどこかで会えたらよろしくね」

「こ、こちらこそ会えて嬉しかったです」


 手をヒラヒラと振りながら森の中へと入っていく。

 膨大な冷気を放出するためにこんな人気のない森の奥にいるのだろうか。それなら神出鬼没も納得ができる。

 都市の中にいてはこれ程の冷気は放出する場所はないだろう。


 ボクは幻想的な氷の空間を少し見回したあと夕方まで森の探索へと戻った。

 雹真さんがいたからか森のモンスターは隠れて大人しくなっていた。

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