第3話 血の色
逃げて来た道をできる限りの速度で駆ける。全速力では曲がり角でのコボルドとのエンカウントの危険性があったが脱出口付近での不安感が足を走らせる。
しかし、何度角を曲がれど一向にコボルドが出てこない、耳の外れた死体もないから倒された訳でもないのにこの静けさ。
静寂がボクの不安をより濃くする。
(嫌な予感ってだけで戻ってきたけど…戻ってもコボルドと出くわしたら、ボクにとっては致命的なんだよな…)
足を止めずに出会ってしまった時のことを考えてしまう。
逃げなければと足は動くのに、目は前を注視するため角の度に出会わないことに安堵する。
パーティの最後尾から眺めてた時はあんなに怖いと思っていたのに。
今では顔だけでも拝みたい気分だ。戦闘は勝てないからまた全力疾走しなければいけなくなるが…
静かな不安が心に黒いしこりを残すが、これだけ走っている間に何も無いなら入口までも帰れるだろう。
普通に考えれば今日だけの関係のあの三人がコボルドを倒して耳を取りたくないから横穴に投げてるだけかもしれない。
死体の処理を面倒くさがったのなら最短ルート以外の道に残っているかもしれない。
人がいないのだって、他の冒険者は休みを取ってるのかもしれない。
冒険者が初心者ダンジョンを毎日のように利用するとも考えにくい。
それなら人ともコボルドとも会わなくても何らおかしくはない。
楽観的な考えをうかべるが先程の剣士を思い出す。あの三人なら、他の同業者の少ない日を把握して無色放置をしてるのかもしれない。
そうこう考えながら走ること20分、見知った背中が三つ入口に近づいてきた道で見えた。
彼らはボクがどんな死に方をしたか想像して笑っているようだった。愉快そうな笑い声が遠くからでも聞こえる。
(ここで会うのもタイミング悪いな…角一個分離れてここからはゆっくり追いかけるしかないな)
脱出口で感じた不安は何事もなく走っているうちに汗と一緒に流れてしまったのかもしれない。胸にあった黒いモヤは背中を見つける頃には晴れていたり
背後に気を配るのをやめ、耳を傾ける。
「しっかし俺らもいいことしてるよなぁ。無色や弱っちい色を掃除してんだからな。こーゆのが慈善活動ってやつなのかな…」
「なーに人のためにやった感だしてんのよ!ただの自分の趣味じゃない!低級とはいえ赤だからっていいご身分よね。」
「オレに力仕事させるしほんと面倒くさいよ…」
「そーいうなって!赤の俺様がモンスター狩りを相当楽にしてんだぜぇ?火力の無い弓に力だけの当たらねぇ鈍足な槌…今日だって遊んできたのにこんなに早い時間で帰れるんだぜ。」
ボクは今日だけの雇われだから知らなかったし興味もないが、赤が用心棒の真似事をしているだけで、あとの二人はただ狩りをして稼ぐためにボクらみたいな弱者を餌として差し出してるらしい。
だからといって許せる訳では無いが一日暮らすだけでも色が優秀じゃなければ大変なのは身をもって知っている。
赤が前衛に一人いれば相当戦闘は楽になるだろう。あの二人は剣士と違って、少しくらい罪悪感を感じているのかもしれない。
赤に対して怒りがまた湧いて来ると同時に蹴られたみぞおちがズキンと熱を持つ。戦ったこともないがこの感覚が古傷が痛むようなものなのだろうか。
「さぁて入口も近いしそろそろやり残してきたことでもやるかな…」
赤髪の剣士が突然会話を区切った。
(もうすぐ入口なのに何をやり残したんだろう…)
一角分の距離をあけて角の影から会話を盗み聞きに集中していたボクは気づくのが遅れた。
剣士が会話を区切ったのは、角と角の距離が極端に短い区間だった。ボクは角の先から胸ぐらを捕まれ角から引きずり出される。
「なんであんたがここにいるのよ!」
女は声を荒らげ、ドワーフのような男はその表情で驚いているのがひしひしと伝わる。
「着いてきてたのは気づいてたけどよ。ここまで逃げてこれるやつってのは大体弱いくせにズル賢いんだよな。
前にも何人かいたんだよコボルドくらい振り切って自暴自棄にならずに逃げてくるやつ…そいつらは俺の優しさで直々に殺してやるって決めてんだ。」
このダンジョンで人をはめるのが初めてじゃないらしい剣士は、こちらの行動なんてお見通しと言わんばかりにゆっくり歩いていた。
剣士はこの角に来るまでに玩具が追いつく可能性を考慮していた。
(ちゃんと隠れてたはずなのに!)
ボクが諦めるしかない状況だったがさらに女が声を荒らげた。
「モンスターに殺させるだけなら手も汚さないし、こんなゴミたち生きてたってどうしようもないからいいけど、あんた自分で人を殺してるの!?そこまで付き合ってらんないわよ!」
「だから酒場で一人で色んなやつに声掛けて回ってたんだな、自分のやってることを知らない冒険者と組むために。」
「こっからはもう関わらないわよ!コボルドの耳も私たちの取り分は持ってるしここで別れるわ!」
「人殺しまではさすがに付き合いきれない。先帰るよ。」
弓使いの女と大槌の男は剣士と仲間割れして先に帰路に着いた。剣士は気にもとめず手をヒラヒラとふっている。
いや、助けてください。
あなたの関わった人が死ぬんですよ、と心の中で念じてみたがその背中には微塵も伝わってないようだ。
二人の背中が角を曲がり見えなくなった所で剣士は手を振るのもやめて話し始める。、
「さぁ邪魔者もいなくなったし遊ぼうか。鬼ごっこかかくれんぼでもなんでもいいぞ。何をするにしても鬼は俺な?」
遊びを提案する無邪気な子供のようだった。村にいた頃なら喜んで遊びに付き合っただろうが、ボクは駆け出す。
(付き合っちゃ死ぬだけだ!入口は近いし逃げきる!)
「お、鬼ごっこかぁ。お兄さん好きだぞちゃんと10秒数えてから始めるからなぁ」
後ろから楽しそうに軽々と怖いことを言ってくるがしかし、10秒というのはとても大きい。50m以上を軽く離せるのなら出口までは逃げれるかもしれない。そしたら勤務してる守衛に助けてもらえる。
「やっぱみんないい走りするんだよなぁ。なんでこの角から始めてるのかも知らずに。ちゃんとどんなに早くても追いつけるようになってんのよ…」
山で鍛えた健脚をここでも披露し100m近く離した。普通に速度はあっちが速くてもいくらなんでも追いつかれる距離ではない。…と思っていた。
「どんなにただ足が速くたってよ…無色に赤の俺が振り切れるわけないだろ…余裕で捕まえられるからこそあの角からのスタートなんだよ」
コボルドを振り切れて油断していたが彼はの低級とはいえ冒険者、コボルドとは比べ物にならない。
オマケに下位とはいえ赤だ。赤の強みは熱を操れる。
つまり火の魔法はもちろん。熱を体に発生させてもオーバーヒートに耐えるように生まれてる。体は通常の何倍ものエンジンの役割を担う。普通の人なら体が壊れる程の熱量を産む動きも赤は生まれつき熱に適性があるため、他の色よりも戦闘に優遇されてるといえる。
体は人のものでも中身は高性能なエンジンを搭載してるようなものだ。
だからこそのハンデ、ここまで来ても遊びのスタンスを崩さない。
「捕まえちゃ終わっちゃうからよ。お兄さんが逃げるの手伝ってやる。」
必死に走るボクには意味のわからない台詞が真後ろから聞こえ、次の瞬間
景色が流れた
直後背中のとてつもない痛みで理解する。
ボクの体がものすごい勢いで蹴り飛ばされてる。
「赤の力で走って蹴ると、速度が乗ってお前くらいの人の重さでも軽いボールみてぇな感触なんだよな。あ、腕とかたたんどけよ。簡単にちぎれるぞ。」
玩具を楽しむために所々優しさのようなものを見せてくる。出口まで数分走れば着く距離だったはずなのに、蹴られて進む間は全く進んでる気がしなかった。体を丸め何度も必死に耐えた。
「ハハハハ!それだよそれ!どいつもこいつも鬼ごっこ始めるのに終いにゃ球蹴りしてんだよな!蹴られて壁に叩きつけられて腫れたからだは肉の球みてぇだしよ!!」
(おじいちゃんおばあちゃん…山で転げ落ちてたのが役に立ったよ…)
とてつもなく痛いし、壁に叩きつけられる度に視界が歪むが、何とか受身だけは取れていた。節々は痛いし骨は軋むが、壁に叩きつけられて肉塊になるのだけは何とか回避できてる。
「お前はいいボールだな、初めてゴールできるぜ。入口の守衛はグルだからよ。ゴールしても終わらないぞ。他の冒険者も通行止めにしてあるしな。」
蹴られてる最中だが、ほかのパーティが居ない理由もわかった。休みなんかじゃなくこいつの作戦だった。休みだなんて甘いことを考えてた自分が酷くバカみたいだ。
こんな事をして遊ぶのに邪魔が入る可能性を潰さないわけないじゃないか。そんなことを考えるうちに回る視界に光がチラつく。
「よーし!ラストだ!ゴールにシュート!」
思い切り蹴られたボクはダンジョンの入口。つまり森の草の上に転がるはずだった、地面について第一に感じたのは草の感触ではなくべしゃっとした赤いなにかだった。
「あ?なんだよあんなに金やってたのにモンスターにでも殺されちまったか」
蹴りながら追いかけていた男は満足気な顔をしながらボクのすぐ近くに立つ。血の量を見ても顔色ひとつ変えずに悪態までついている。
「壊れないなんてやるじゃんかよ。どーだ?俺と一緒に弱いやついじめて遊ぼうぜ。無色でもガッツあるやつなら大歓迎さ。」
まるで今までのことがうそのように手を差し伸べてくる。体はボロボロで立つにも自力じゃ無理だったがこの手は取れない。なけなしの力を振り絞ってにらんだ瞬間目の前の赤髪の体が真横に吹っ飛んだ。
「あ…?んだよ、くそが!」
上半身だけ。
上半身を吹き飛ばされながらも、さすが冒険者、飛んだ体から一瞬で腕を伸ばし少しでもやり返そうとありったけの熱を込めて剣を切った相手に向ける。
その剣は毛を数本焼いたのかパラパラと毛を落とすだけで、全くやり返せてはいなかった。
座り込むボクの全身にかかった能力使用直後の彼の血はとても熱かった。吹き飛んだ上半身のかわりに、彼の下半身から上には大戦斧を振り切った姿勢で静止している、毛並みが血で汚れた赤黒いミノタウロスがいた。
立派な角の猛牛の頭と下半身を持ち、上半身は筋骨隆々な体はボクの一回りもふた周りも大きい。乾いた血の嫌な匂いと猛牛の荒々しい息の獣臭さが鼻に入る。
「ブモォォォ…」
ボクは自分の体にとびちった血の赤と、ミノタウロスの赤黒さで視界がいっぱいになった。目の前は真っ赤なのに真っ黒な気分だった。
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