第2話 不安の色

「はぁ…はぁ…はぁ…やっぱりついてないかも!」


生きようと思った矢先、やっぱり神様はボクのことを嫌いなんじゃないかと思う。倒したコボルドの後続が耳を外された仲間の死体をみつけ、ボクを殺そうと追いかけてくる。


(倒したのボクじゃないのに!)


冤罪をかけられボクは必死に逃げる。コボルドはそんなのはおかまいなしに追いかける。

コボルドに相手を見極める賢さなんてない。

あるならボクに君たちの仲間を倒せるほどの力がないことくらい分かるはずだ。


(今何十分走った…いやまだ何分なのかな…まだ緊急用の脱出口が見つからない。)


ボクは来た道を戻るのを早々に諦め、ダンジョン中腹から脱出できる人工的に作った横穴を使おうと思った。


コボルド15匹狩る間に少し奥まで入ってきたし、来た道を戻ったらあの三人と鉢合わせる可能性があるからだ。


しかし、ダンジョン中腹の方が近いとはいえ、敵の数は奥に進むほど増え、中腹までまだ少し距離がある。

そこまで考えて赤髪の剣士が僕を置いていったなら思いつきで置いていこうと思っただけじゃないかもしれない…

なんなら日雇いでかけだしのボクを快く受け入れてくれたのも、たまにいる生きることに必死な無色や最低級色のサポーターを置いてって殺す常習犯だったからなのかもしれない。


ボクはそこまで考え生きようと燃やした熱とは逆に背中には寒気が走った。


(今はやめよう…生き残ることが最優先だ…生きて帰れたらなんとでも出来る。)


ダンジョンは広い。この低級のダンジョンでも直線5kmほどの範囲があり、その中にさらに迷路状になっているんだからタチが悪い。

頭に入ってるマップだと蹴られた場所から迷路を進むなら行ったら2.3kmくらいだろうか。

十数分走れば逃げ切れる距離だ。


色がなかったボクは能力を伸ばす必要もなかったから、よく体を動かした。育ての村では娯楽なんて呼べる物はほとんどなかったため山に入って遊んだり夕方まで駆け回ったりするのが遊びだ。


「にしても…ほんとにダンジョンに置いてかれるとは思わなかったな…。空想のお話かと思ってた。」


走りながら最近の流行りの物語を思い返す。ダンジョンに置いてかれて一人でも頑張る主人公たちの熱い物語だ。

ダンジョンを一人で生き抜くのは想像より少し怖かった…いやかなり怖いがそれでもまだ体力的に走れる。

物語と違ってここで生き延びるのが目的じゃないし、この世の終わりみたいな魔王もいない。

コボルドの足が遅いことが分かってからはそんなことを考えながら走った。


コボルドは知能が低いから追い込むなんてことはしてこない、ただ『走って逃げるだけ』なら余裕を持って中腹まで行けるだろう。


「このまま何も起きなければいいけど…」


一人でダンジョンを彷徨うせいか、進む度になんとも言えない不安がのしかかってきた。


中腹地点の脱出口にて


「はぁ…人工的に脱出口作ったらモンスターが出る可能性があるから守衛を置かなきゃ行けないなんて面倒臭いですよぅ…」

「そういうなよ、脱出口の設営案によって実際冒険者の死亡数は劇的に減ってんだ。

守衛だって公務だし、俺らみたいな下っ端の仕事も増える、この案を出した上層部には感謝だろう」


まだ若い守衛が愚痴を吐き、中年の守衛がそれをなだめる。黄色の意匠が施された鎧はギルドに所属していることを表す。


「でも脱出口を使わなきゃいけないほど困るならそのダンジョンのランクには適してないってギルドが出してるじゃないですか…」

「確かにな…使われる時は相当のイレギュラーかなにか事故が起きて入口に戻れなくなった時だけだもんなぁ。」


ギルドが出してる適正ランクはダンジョンのランクを超えていることが理想とされてる。森に流れてる野良のモンスターは色を使えないのでランクは設定されていない、カエルやウサギ、小型の鳥なんかだ。冒険者なら間違いなく狩れるし一般人でもカードリッジの無い弓や剣で狩れるレベルだ。


守衛たちが見張るダンジョンは壁から滲むインクでコボルドなどの低級を生み出すダンジョン。冒険者なりたてや、色がないなんて場合以外は問題なく探索できる。


コボルド相手ならある程度の色があれば余裕を持って戦えるので、初心者の育成などによく使われている。


「まぁ俺達の仕事には脱出口から出てきたコボルドなんかの処理も含まれてんだ、万が一に備えてるだけで給料が貰えるなら安いもんだろ。」

「このダンジョンに来るまでが大変なんすよ。夜勤もあるし…」

「そういうな。俺たちなら万が一このダンジョンのボスが出てきたって二人で充分なんだから。」

「そんなこと言ったってですよー…」

「帰ったら酒でも奢ってやるからたまにはシャキッと仕事せんか」

「ほんとっすか!オレ頑張っちゃいますよ!ここのボスでも『何でも』出て…コペッ」

「なんだ変な声だし…て?」


若い守衛の頭が口から上が消える。とてつもない速さで守衛の知覚を振り切り近づき一撃で頭を吹き飛ばす。


「な、なんでこんなとこにこいつが!ふざけんのも大概にしろやぁ!オラァ!」


中年の守衛が襲いかかった化け物に剣を振る。しかし、その硬い外皮には傷一つつかない。


「ひっ…たすけっ!」


二撃目には縦に一閃中年の守衛の左半身が割れる。何が起きたのかすら分からない程の圧倒的な赤い猛牛の暴力が森側から嵐のように通り過ぎた。


振り抜いた血濡れの戦斧を毛で拭き取り、外皮に血が塗りこまれる。猛牛は戦うまでもなく殺した相手を気にもとめず、また森へと歩いていった。


そんなこととは知らず走り続ける白髪の少年。コボルドの短い足ではいくらモンスターでも追いつけず、出口に向かうにつれ余計なエンカウントも減り余裕を持って脱出口へと向かえた。


脱出口に着く頃に振り向いたら後ろにいたコボルド達が見えなくなってしまったほどだ。


「普通なら置いてかれた時点でコボルドに殺されちゃうんだろうけど…山で遊んでてよかった…戦えないしね」


コボルドを振り切るために全力で駆けていた少年は途中で後ろのコボルド達の動向なんて見ていなかった。

本来冒険者は何があってもモンスターから目を離してはいけないのだが、少年は冒険者ですらない。


そんなのはお構い無しに山で鍛えた健脚を披露していた。

後ろのコボルドが脱出口に近づくにつれなにかに怯えるかのように離れていくことなんて気にも止まらなかった。


「よし、この先を右に曲がったとこで脱出口が見えるはず、外の風も入ってきてるし…」


あと一角曲がれば目的地というところで少年は風に乗ってきたあることに気がつき足を止める。


(…血の匂いかな。さっきまで嗅いでた生臭いモンスターの匂いじゃない…これ、誰か外で死んでる…?)



その匂いで否応なしに少年の足は止まる。自分の足音を消し、自分が怪我した時に嗅いだことのある自分にも流れているものの匂いを感じ取る。


この静寂な空間には風に乗る血の香りと、少年の走ったからなのか恐怖からなのか分からない心臓の音だけが感じられる。


(このまま進んじゃまずい気がする…)


無色で色が使えないからこそ、ここで元来た道を帰るという選択肢ができた。冒険者パーティなら目先の脱出口に進んで低級ダンジョンでは見たことすらない赤黒い猛牛と鉢合わせていたかもしれない。


戦えない少年は嫌な予感だけで元来た道を静かに走り戻った。


さっきよりも足取りが重いのは疲労のせいだと自分に言い聞かせ、胸の奥の黒いモヤを無視した。

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