第1話 生きるための色

 個性を表すために用いられる「色」は、それぞれに表現できるものが存在する。


赤なら煌々と燃え盛る炎を

青なら優しくも激しく流れる水を

黄なら激しく鳴り響く轟雷を


 三原色からこんな想像をするのは簡単だろう。

 じゃあもし、これらのように色から想像される「力」が現実に存在したら。色がその人の個性であり、能力になる世界があったら。


 そんな世界では人がイメージする色が力に干渉する。これを読む人の周りにいる人をイメージして見てほしい。

 リーダーシップを発揮する赤いイメージの子は炎を扱い。

 普段はクールな隣の彼女が青いイメージなら水を自在に操る。

 いつも活発な黄色が似合う彼は雷のように駆ける。


 これはそんな色が個性を表す世界で、色を持たない無色透明な少年のお話……


ガキィン!ドスッ!ドゴッ!

 狭い洞窟内に武器の音が響く。男がコボルドの剣を弾き、女がその肩を射抜く、そしてもう一人の男が槌で叩き潰す。そこには簡単に想像できるありふれた冒険者の姿があった。


「おっし、15匹目ェ! おい、無色! きれいに耳とっとけよ。お前にはそれくらいしか出来ねぇんだからよ!」

「はーい……」


 雑用を押し付けるために呼ばれた最後尾のボク。名前はネス・クレア。透明なショートの髪はまとまってシロクマのように白く見える。大きな荷物袋と、とても立派には見えない採取用の短剣を腰に提げた荷物持ちだ。16歳になりもう大人になったのだからと村から街に出て仕事をしている。


「お前みたいな『無色』をわざわざ金払って使ってやってんだキビキビ働けよ」


 そう、ボクは『無色』と呼ばれる無能力者なのだ。ダンジョンに潜るには『色』を所持することによって発動できる能力を使えることが最低条件。


「ボクにも彼らみたいな力があったらなぁ…」


 コボルドの耳を外しながらため息混じりにつぶやく。

 剣士の彼は下位の赤。剣にあるカードリッジにインクを溜めることで刀身を熱し、通常の武器との撃ち合いは勿論、触れれば肉体にも燃焼ダメージを与えられる。


 弓使いの女は下位の黄緑で、風を操り弓を自在に当てる。威力は低いが命中精度が段違いだ。風を操り貫通力も高められるらしいがそっちはてんで当たっていない。


 槌を持つドワーフのような張った体つきの大男は下位の茶で、筋力を自分の体が耐えれる限界まで上げれる。人の胴ほどもある槌を軽々と扱えるのも色の力だ。


 そしてボクみたいな稀に生まれてしまう無色は、このように派手なことを混む冒険者が嫌がる仕事を引き受け日々細々と生きてくしかない。

 一人では最下位のスライムすら倒せず、倒せないからお金が無く武器も買えない、それどころか冒険者の登録にですら死亡時の責任をギルドが負わないという契約書まで書かされる。

 全くもって悪循環から抜け出せない。


 契約書だって、あなたの無謀な死は保証しきれませんよというギルドからの宣言だ。


その契約書があるからこそ無色でも彼らと同じように冒険に出ることが出来るのだからギルド様々なのかもしれない。


「そんな事ないか…」


契約書を思い出し、ギルドの優しさや慈悲なんかではないなと笑い飛ばす。


無色は他の仕事でもまったく立場は下で、何をするにしても色の壁がある。

力仕事は言わずもがな、なにか道具を使うのならば色を道具のカードリッジに込めて力を発揮するので結局普通の仕事ですら色持ちが優秀なのである。


武器だけでなく日常の道具にも小さなカードリッジが埋め込まれるのが常である。そのため募集要項にも火を使うなら赤、水を使うなら青といったように、組合から希望があるものがほとんどだ。


道具を扱うにしろ、物を作るにしろ。それぞれ適性がなければ組合は欲しがらない。もし欲しがる組合があればそれは雑用にも満たない仕事ばかりだろう。


もうここまで話せばわかるだろうが、無色は日銭を稼ぐだけでも、命をかけなければならない…


育ててもらった村で一生を過ごしても良かったのだが、ボクを産んでくれた親に会うためにも村を出た。


(本当は冒険したかったってのも大きいんだけどね…。男の子だもん。)


ただダンジョンに身を置いても、取り分はほとんど戦闘してる三人が持っていく。ボクにはその日を食いつなぐくらいしか渡ってこない。

戦闘が少ない日は黒麦パン(最低金額)の切れ端を貰いに行く時もしばしば…


(硬いベットに黒麦パンの切れ端…やっぱり村で暖かい山菜のスープ飲んでる方が良かったかな…。)


ボクみたいな『無色』がどれだけ不遇か分かった所だろう。

換金素材のコボルドのリング付きの左耳をはぎ終わったので、今日組んだ冒険者たちを追いかけていく。


「しっかし…無色ってのは可哀想だよなぁ。俺だったらあんな汚ったなくなってまでコボルドの耳を外したくねぇぜ…」


名前も知らない剣士がボクの手辺りをみて苦虫を噛み潰したような顔をする。


「私は弓で射抜いてるからベタベタの返り血なんて浴びなくて済むしね」

「無色なんかよりコボルドの血の色でも付けちまった方がいいんじゃねぇか」


剣士を始めとしてほかの二人もつられたように笑う。


彼らのような色持ちは、血の中にある遺伝子情報をインクのように扱う。

つまり、普通なら両親のどちらか、または両方を混ぜた色の子が産まれてくる。突然そのどちらも引き継げずに生まれる子がボクのような無色になる。

世の中の無色への風当たりは強く、両親はへんぴな村にボクを置いてってしまった。無色を育てるには相当な覚悟が必要だから、恨むなんてのはお門違いだ。


むしろ今後の人生を思って安楽死を選ばないでくれたことに感謝だ。


(恨むなら無色にボクを産んだ神様かな…)


「親もこんな出来損ない産んじまって大変だっただろーな。あ、お前日雇いの個人情報欄の親の名前、違ってたから捨てられちまったんだろ! どうだ? 当たりか?」


何度も言うがボクは両親を恨んでない。むしろ無色と分かってすぐに殺さず、色が重要じゃない小さな村を探してまでボクを生かそうとしてくれたことに感謝してるくらいだ。


「親にも捨てられ育ての家でも何も鍛えられないからその年でも無色なんだろーな!」


育ててくれた村の老夫婦のことも言われボクの中に黒い気持ちが生まれる。ボクの色は黒なんじゃないかと錯覚してしまうほどだ。

色がなくて良かった、あったら今頃その色を使ってしまう。あれば、こんな感情を持つ必要も無いのだが。


「何ガンつけてんだよ…そんな熱い視線投げられたら反応しないわけに行かねぇだろうが…よ!」

「がはっ!?」


数歩前を歩いていた赤の剣士からみぞおちに熱い蹴りをもらう。熱烈な蹴りというわけではない、比喩じゃない本当に熱い。この剣士は、わざわざ日雇いの無色相手に色を使ってまで自分の力を見せてくる。

熱のこもった蹴りにボクは体内の酸素を吐き出し、うずくまった。


「無色なんて生きづれぇだろ…こんな低級ダンジョンでもお前には危険地帯だろ?

お前ここで死んどけよ、帰ったってなにも出来ねぇんだからよ。ギルドには連絡入れといてやるよ、『無色』のガキは探索に行ったダンジョンでモンスターに食われましたってな!」


蹴られた反動で手放した荷物を大男が軽々と持ち上げる。そりゃ筋力強化なんだからボクが持つより軽いだろう。


汚れ仕事を嫌がらないなら自分で荷物を持った方が断然早い。

それをしないのは色がある自分達を、冒険者になった自分たちを上に見ているからだろう。


「コボルドの耳外すのだけ汚ぇからやりたくなかったんだ。丁寧ないい仕事だったぜ。給料はこの先の人生苦しまないようにダンジョンに置いてってやることだな。」


みぞおちに蹴りの痛みと熱がこもり動けないでいる僕を笑いながら置いていく。

熱くなったみぞおちは息を吸おうとしても拒否する。


(あぁボクはここで死ぬしかないんだろうな。どうせダンジョンなんて自分じゃ抜けられない。)


痛みが引いてきて一瞬体の力を抜いていつか訪れる死を受け入れようと思ってしまった。


ゴロリと仰向けに寝そべり酸素不足の頭でボケっと考える。



が、ボクが死んでしまったら村の老夫婦に仕送りができない。ボクは黒麦パン(切れ端)をかじり宿代以外のほとんどを老夫婦に送っている。


色が栄えてない村だからその日を食い繋ぐ作物を作るので精一杯でボクがお金を仕送りしないと行商から何かを買うことも難しい。


ボクを育ててくれた恩を返すために出来ることはこれぐらいしか思いつかず、必死に日々仕送りをしている。


育ててくれた老夫婦、優しい村人たちの顔を思い浮かべ、ボクは諦めていた体に再び力を込める。


(生きなきゃ…)


みぞおちの熱が抜けてきた頃には体の中心に熱が入る。さっきまで動かなかった体も生きようと思うと力が湧いてくる。


ボクは生き残るために歩き始めた。

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