《無色透明》な人生からでも最強になれますか?〜色が全ての世界で無色でも冒険者になりたいと思います〜

アヴィ丸

1章 無色の少年

第0話 産まれた色

「この子は何色なんですか…?」

「僕達の子がどんな色で産まれるか楽しみにしてたもんな! 僕の色なら使い勝手もいいんだけどな」


 出産を終えた夫婦が疲労と喜びを見せて医者へ声をかける。出産直後にパッチテストで肌に耐性のある色を確認していた。


「それがですね…」


 医者が持つパッチテストのシートにはどの色も反応を示していなかった。


「何色も反応してないですね…うちの子はなにか特別な色だったりするんですか?」

「そんな…」


 母親は少しの望みにかけて、父親はパッチテストの意味を知っているからこそ喜びが消える。


「奥様…パッチテストっていうのは三原色の適正を基本にチェックします。もし特別な色でも、どの系統に属するかくらいは微細に反応が出るんです…」

「…でも、そのシートには全部色が変わってませんよね。まさか、この子まで色がないのですか…?」


 母親は現実を受け止められず少しでも可能性を探す。質問を並べる母親も、受け止められないだけでもう分かっているのだろう。


「俺たちの子が…」

「どの色にも属さないなんて基本的には有り得ません。それはもう色とは呼べなくなる。つまり、言いにくいですがあなた方のお子様は…」


「無色です」


 両親が泣き崩れた。この色の世界で無色で産まれることの意味を知っているから。


「遺伝子検査を行って微細でも適正のある色を確認なさいますか? パッチテストでここまで無反応ですと望みは低いかと思われますが…」


 医師が少しでも気休めになればと提案するが、泣き続ける母親の横で父親が声を荒らげる。


「パッチテストでこれだけ綺麗にどれにも反応を示さなかったんだ! 俺たちの子には、どんな色の適性もないんだよ!」

「すみません…二人だけにして貰えますか…」

「おぎゃあ! おぎゃあ!」


 父親の荒らげた声に赤ん坊は泣き出す。

 母親がそう言うと医師は頭を下げて部屋を出る。


「これからどうしようか。無色じゃ、学校すらも入学が厳しいぞ。それに何とか卒業しても就職はどうにもならない」

「でも、せっかく生まれた子よ! 見殺しになんてできない…。私が無色のせいでこの子が生きることは諦めたくない!」


 稀に産まれることがある無色の子は特例で選択肢がある。親が選んではいけないものでありながらも、今後生きてく苦難を鑑みて創られたルール。


「今、苦しまないうちに安楽死させてあげるのも俺たちがこの子にできる精一杯の優しさだろ…」


そう、色が全ての世界に産まれてしまった無色は親の選択次第で、その命が育つ前に息を引き取ることも出来る。

 生き地獄が目に見えるからこそできた悲劇のルールだ。それが救いになるのかはルールを創った人達ですら分からないだろう。


「そんな選択肢はないわ…。無色なのを気にせず愛してくれた、あなたからそんな言葉は聞きたくなかった…。」

「少し…外の風にあたってくるよ。出産直後だ少し休みなさい」


 父親はそう言うとドアから出ていく。誰よりも息子の成長を楽しみにしていただろうその背中は悲しそうだった。


「きゃっきゃ!」

「お前は楽しそうだね…ネス」


 母親が手を添えるとネスと呼ばれた赤ん坊はケラケラと笑ってみせる。


「無色だからなのかな。ネスは純粋に笑うね。」


 色が個性がないからこそ我が子は透き通るほどに純粋に見えた。


「ネスは強く生きてね。どんなに辛くても、生きてればいいことがあるはずだから」


 私は愛されて幸せになったよと我が子に語り掛ける。

 ぽろぽろと大粒の涙を落としながら我が子を抱きしめる。

 泣いている意味など知らない赤ん坊は不思議そうな顔をしながら小さな手を頬に近づける。


「慰めてくれるの?ネスは優しいね…。」

「?」


 赤ん坊は首を傾げるように目をまん丸にしてキョトンとしている。母親は頬に触れる小さな手を握りしめながら泣くことをやめた。


「私が泣いてたって始まらないよね。まずはネスが強く生きれるようにしないと。そうなると…街で隠し通せるわけもないし。教会とかなら育ててくれるかな」

「いや、遠くの村で育ててもらおう」


 ドアが開き父親が入ってくる。頭を冷やしに行くといいつつも、妻が気になりドアの前で話を聞いていたようだ。


「教会じゃ色は神聖なものだ。捨て子を育てているが、無色は恐らく受け付けて貰えないだろう」

「でも遠くの村って言ったってどこに家族で移住するのよ」


 父親は少しの沈黙の後、重たそうに口を開く。


「移住は…しない。無色のキミから無色の子が産まれたことが知れたら、今度こそ僕たちは白い目で見られる。

今でさえ君との結婚を反対する親戚達が後を絶たないんだ…。許してくれ」


 無色の女性との結婚で、夫は自身の地位が怪しくなっていた。

 勿論、地位を気にするような人柄ではない。だからこそ彼女と一緒になることを選んだ。


それでも、だからこそ、今ギリギリ手に収まっているこの生活を失うことが何よりも男は怖かった。


「ネスは男の子だ。どこで育ったとしても無色のこの子は必ず都市へと来る。じゃなければ、まともに稼げる仕事なんて他にないんだから。」

「それでも…この子と離れなくちゃいけないの…? どうにか方法はないの…?」


 母親は我が子を手放す決心ができない。今の生活と天秤にかけても、待ち望んだ小さな我が子はやはり重たい。


「大丈夫。必ずネスから会いに来る。もし村で一生を過ごすと言うなら、僕らから様子を見に行こう。『ギルド』から視察だと言えば近隣の村なら見に行けるだろう。

でも、男の子なら夢をおって冒険せずにはいられないと思うけどね…」


 無色の場合、大抵は過酷な人生が待ち受けている。しかし、稀にいい人との出会いや自分の可能性を追い求めて幸福に生きる者もいる。


「無色の男の子が手に入れられる夢なんて冒険者くらいだろう?」

「無色の冒険者くらいだなんて今まで成功した人いないじゃない。私達の子がそんなに強く育ったなら応援したいね。」


 二人で優しく笑う。ギルド職員として多くの冒険者が夢をおう姿を見てきた彼らは不安がない訳では無い。むしろ不安で胸のうちはいっぱいだっただろう。


 しかし、夫婦はお互いに我が子に夢を見ずにはいられなかった。無色の時点で人生からふるい落とされたとしても、それでも我が子の未来を想像せずにはいられない。


「わかった…。どこか遠くの村を探しましょう。ギルドの情報を使えば色が常用されてない村を探せるはず」

「それは僕がやっておくよ。君は少しでもネスといてくれ。またしばらく会えないんだから」


 男は今度こそ扉から出て移動を始めた。男の務める職場で我が子を受け入れてくれる村を探すようだ。

 女は何もわからず喜んでいる我が子を抱きしめる。またいつか自分の元へと戻ってこれるように、忘れられてしまわないようにと。


 出産から数日が経ち、森の中を夫婦が馬を歩かせる。


「君は家で休んでくれてていいのに。出産から数日しか経ってないんだぞ」

「我が子を預けるのにその場にいないなんてありえないでしょう?私は大丈夫ですから」


赤ん坊と妻をのせてるため馬は速度を上げないようにする。

優しく揺られながら無色を受けいれて貰えそうな村を目指す。


「ねぇ、私の小さい時も思っていたけど無色って呼び方、何も出来なさそうで嫌じゃない?」

「差別用語みたいなものだしね…。やっぱり三原色とかが偉いから、その逆は難しいんじゃないかな」

「でもね。世の中には色がないからこそ綺麗なものがあると思うの。透き通るような輝きが評価されるものだっていっぱいあるわ。」


無色の女性は目を輝かせながら語る。


「硝子や空気なんかでも透き通るって言うじゃない。無色なんかじゃなくて透明とかに出来ないかしら…」

「ふふ。君はほんと昔から無色なのに前向きだよね。こんな時でも変わらないや」

「こんな時だからこそよ。我が子が無色で産まれたのは私の責任。私の血を強く継いだのならこの子は差別されず、強く綺麗に透き通って生きて欲しいの」


 無色の女性は自分のこと以上に我が子が生きる道を案じている。自分にもたくさんの非難が集まったのも気にしないかのように己を貫いた女性は、曇りのない瞳を男に向けている。


「そうだね…。もしかしたらこの子が無色を変えてくれるかもしれないよ。だって、僕達の子だ」

「この子が無色を変える時には、その時は私達も堂々とこの子に会えるかしらね」


 愛おしそうに赤ん坊の頬に指を添える。

 赤ん坊は母親同様、透き通った瞳で見つめ返していた。

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