第90話 悪い2人

「色んなジェットコースター、コーヒーカップ、ゴーカート……。どれも面白いけど……」

「肝心の親密度が上がらないな」


 初めての遊園地にはしゃいでいたクロはスタミナを無視して駆け回っていたからか、だらしなく足を放り出してベンチに腰掛けた。


 そして今まで思いの外簡単に上がっていた親密度の頑な加減にため息を溢す。


 以前はクロとの関係性が低く、それ故に上がり幅が大きかった為簡単に親密度を上げられた、とかそういった理屈なのだろうか。


 だとすればこれ以上に親密度を上げるのは俺が思っている以上に困難なのかもしれない……。


「うーん……。た、例えばだけど手を繋ぐだけじゃなくてもっとこう……あんな感じにした方がいいのかな?」


 クロも俺と同じ考えなのか、照れくさそうにちらっと横目で近くに居たカップルを見た。


 多分あの抱きつくような腕組みの事を言っているのだろうけど……。


「ぜ、前回親密度が上がった時の事を考えると、ああやってベタベタするのも効果が無いわけではないだろうけど、こう……精神的にというか、気持ちの方が大事だと思う。だからそこまで無理はしなくていいんじゃないか?」

「別に無理じゃないよ。……ちょっと恥ずかしいだけで。だから駄目かどうかは試してから判断しよ」


 クロはそそっと俺の横にぴったりと身体を付けるとぎゅっと両手で腕を挟み込んだ。


「……アナウンス流れないな」

「もしかしたら時間経過でって可能性もあるからしばらくはこのままで様子を見るね。うん。その方がいい」


 クロは勝手に自分で解釈し、勝手に納得した。


 これで案外強情なところもあるからなぁ。仕方ない今は放っておくか――


 ――バチッ


「痛っ!」

「大丈夫、一也さん!」


 何かが爆ぜた様な音が僅かに聞こえると左手の指先に輪ゴムでパチンとされた時位の痛みが走った。

 それの所為か指はさっきまでよりも痺れが大きく感じられ、長い時間正座していた後の脚位周りの衝撃に敏感になっている。


「大丈夫。大した事はない」

「そうですか?」

「ああ。それで次はどこに行きたい?」


 心配そうな顔をするクロを宥めると俺は話を切り替えた。


 それにしても痛みが唐突すぎた。

 本当に魔力弓の反動だけによるものか?


「じゃあじゃあ今度は……あっちの観覧車に行こ!」

「ちょっと待てって――」

「痛たぁ……。すみません」

「あんた、ぶつかっといてそれだけ?」


 俺の腕を引っ張るクロは前が見えていなかったのか、他のお客さんにぶつかってしまった。

 遊園地のキャラクターを模した被り物やド派手なサングラスを付けているがその口調は優しくない。

 口元にはマスクを付けていて分かりにくいがきっと怒り心頭で口を曲げているに違いない。


 よりによって面倒そうな人に絡まれてしまったな。

 横にいる男性はがたいが良くてサングラスとマスク越しだが強面な雰囲気――


 ――ゴポッ


 男性に視線を移すとやれやれといった様子で男性は首を振り、その手には丸い水の塊が現れた。


 この水スキル。まさかこいつ……。

 なるほど、早くここから逃げろって事か。


「クロ無視して観覧車に――」

「ってあなた達今話題の英雄飯村一也とエルフちゃんじゃない!!私服だと分からないものねぇ!!」


 女性がわざとらしく声を上げると周りの人達の視線が集まり、野次馬が出来始めてしまった。


「本当だ! 有名人じゃん!」

「サイン貰ってもいいですか?」

「こっち写真お願いします!」


 その中の1人が近寄って来るとその後に続いて他の人達も……。

まずいなこれ。


「ふふふふ、こんな簡単な事で良かったんじゃない。ちょっと可哀想だけど、クロちゃんの貞操を守る為なら仕方ない仕方ない」


 聞き覚えのある女性の声……。

 まさか朱音がこんな事をするなんてな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る