第89話 ストーカー

「――準備出来たか?」

「う、うん。ど、どうかなこれ?」

「に、似合ってるんじゃないか?」


 医療施設で一晩過ごした俺達は無事退院すると早速家で『デート』の準備に取り掛かっていた。


 クロの身体の具合としては、『私生活に問題はないが大量のHPを削られた後にフル回復せずダメージを負い続けるとその総量が減少する可能性があるからしばらく戦闘は避けた方がいい』と医療班の人に注意されたくらいで、痛みもだるさもないらしい。


 俺の方は未だに左手の指先に痺れが残っており、医療班の人曰く状態異常やダメージによるものというよりは、スキルの後遺症として残ってしまっているものである可能性が高いらしく、自然に治るのを待つか、或いはそれを解消出来るスキルやアイテムが必要なんだとか。


 何か出来ない事が出てくる程困った症状でもないから、取り急ぎ問題はない。

 医療班の人もそれならばと少し心配そうな顔をしてはいたが、引き留める様な事はしてこなかった。


「へへ。江崎さんにこれが似合うって言われた時はそうかなぁって思ったけど、一也さんからそう言われると単純に嬉しいな」

「そ、そうか。よし、準備が出来たなら早速出掛けようか」


 普段俺が貸しているパーカーや大きめのTシャツに身を包んでいるクロだが、今日は淡い青色のロングスカートとネイビーのジャケットで清楚で女性らしい服装。

 都会のオフィスに居ても馴染めそうなスッキリとした雰囲気もあり、いつもより大人びて見える。


 そんなクロを連れて玄関を出る。

 すると俺の右手に柔らかい感触が……


「ク、ロ?」

「こ、こうした方が絶対親密度上がりやすいって江崎さんが教えてくれたんだけど……。駄目だった?」

「駄目ってわけじゃないが……。少し遠回りして駅に向かうか」


 俺は辺りに誰もいない事を確認すると額を拭い、人通りの多い道を避けながら歩き始めたのだった。



「なぁ、これは流石に悪趣味過ぎないか?」

「分かってるわよ! 分かってるけど……拓海だってわざわざついてくるなんてどうかと思うわよ」

「いや、それは朱音が暴走して何かしでかしたらまずいと思ってだな……」

「あっ! ほら、動いたわよ! 拓海も2人を見失わないようにしっかり見てて」

「はぁ、分かったよ」


 ダンジョンから帰って来た翌日、一也とクロちゃんの様子をこっそり確認しようと俺は探索者ビルを訪れた。


 だが2人が居たはずのベッドには誰もおらず、代わりに呆然と立ち尽くす見慣れた顔がそこにはあった。


 そんな見慣れた顔、朱音は俺の顔を見るなり一也達がどこに行ったか問い詰め、知らないと分かると今度は江崎さんを問い詰め……


「親密度の為に『デート』? あの2人、これを言い訳に一線越えるんじゃないでしょうね?」


 朱音はストーカー紛いの追跡を決行。

 身体の調子は良くないが、流石に不安過ぎてついてきてしまったというわけだ。


 まぁ俺からすれば一也達をくっつけられる絶好の機会でもあるけど……


「飯村君も男なんだからああやって手を繋いでいるだけで……。無理矢理にでも引き離した方がいいかもね。空間爆発――」

「おいおいおいおい! こんなところでそんな物騒なスキルは使うなって!それに次の探索用に魔力は温存しとかないとって自分で言ってただろ?」

「そ、そうだけど……」

「一也に限ってそんな事はないだろうけど、俺達は何かあった時だけだな――」

「あっ! あの2人今度はコーヒーカップに乗るわよ。あんなのでキャッキャッウフフなんて……。拓海っ! 私達も乗るわよ!」


 思えば朱音と遊園地なんて初めて。

 折角ならちゃんとしたデートで来たかった気もするが――


「きゃっ……。ごめんありがとう」

「分かったから無理してお洒落したそのハイヒールで走ろうとするなって……」


 こうやって側にいれるだけで今は満足するか。


 俺は転びそうになった朱音を受け止めていた手を離すと、ふっと息を吐いて早歩きを始める朱音の後をついていくのだった。

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