第46話 紅玉の人形

 早速だが、俺は混乱してしまった。あの、裏宇宙から来たというヤブサカと目の前にいるニルヴァーナ司令が同郷だとは……。


「どうした? 私が鉱物系生物だと信じられないのか?」

「見た目がヤブサカとは全く違うし、そもそもあんなのが複数いるなんてな」

「仕方がないな。おい、カミラ。お前は席を外せ」

「かしこまりました」


 深く一礼をして給仕のカミラが退出した。そして、ニルヴァーナ司令は俺の目の前で上着を脱ぐ。そしてネクタイを外してブラウスのボタンを上から外していく。


「司令、何をしてるんですか?」

「私はヤブサカと同じ、つまりこの体は作り物だという事だ。何を焦っている? まさか貴様は、私に欲情するとでもいうのか?」

「そうではありませんが、男と女、二人きりの部屋で服を脱がれるのはちょっと」

「ちょっと、何だ?」

「いえ、性行為を希望していると勘違いしてしまいます」

「そんな気は全くない。この体でもセックスはできるが……まあ、そんな気は毛頭ないな」


 あっけらかんと言い放ち、ブラウスを脱いだ。フロントホックのブラを外してから、胸を張って白い乳房を俺に見せつけた。

 あばら骨がやや浮き上がっている胸元から、ほんの少し膨らんでいる二つの乳房を司令は両手でぎゅっとつかんだ。そしてそのまま左右に広げた。


 するとどうだろう。ニルヴァーナの胸の中央がぱっくりと左右に分かれ、その中から赤い小さな人形のようなもの……鉱物系生物が顔を出した。それがニルヴァーナ司令の本体らしい。


 赤い鉱物系生物はポンと胸から飛び出してテーブルの上に立った。


「今まで隠していて悪かったな」

「いえ。知った所で正常な判断ができたとは思えません」


 身長が十数センチの透明感のある赤い宝石の人形といったところだ。これはルビーなのだろうか。


「見た目通り私の体はルビーだ。酸化アルミニウムの結晶という事で話は通じるか?」

「一応は。しかし、宝石の色や組成に詳しいわけではなく、ルビーとサファイアの違いを色以外で説明できません」

「そうだろうな。私たちの組成というのは、お前たちの人種に近い概念だ」

「ややこしいです」

「そうでもないさ。基本的に鉱物系生物とは、惑星生命の一部を担う存在だ」

「惑星生命ですか? そんなものが存在しているのですか?」

「惑星意識と言い換えた方が分かりやすいかもしれないな。高次元的な意識存在だ。その惑星意識が下位次元に実体化したのもが生命となる。お前たちのような炭素系生物は明確に惑星からは分離しているが、私たちのような鉱物系生物は惑星と近縁なのだ」

「それは天地創造や人類創造の神話でしょうか?」

「お前たちにとっては神話といってもいいだろう。科学的な認識を持たない人々に脚色して提示されるものが神話なのだから。私たちにとってはむしろ身近な存在論としての認識となる」


 何故こんな場所でルビーでできた人形のような司令と創造神話の裏話をしているのだろうか。彼女の話を疑う訳ではないが、それを理解するには俺の知識は拙すぎるものだった。


 そもそも、海の中でアミノ酸が偶然合成されてそれが複雑なたんぱく質へと成長するなど、冷静に考えるなら途方もない与太話にしか聞こえない。何か高次元からの意思が反映されるからこそ、高次な知的生命が生まれる。目の前にいる美しいルビーの人形が喋っている理由は他にないだろう。


「ところで香月。このアルスにおいて、何故戦争が行われているのか知っているか?」

「俺は最初、何も知りませんでした。しかし、マリカに真相を聞き、ここに来た経緯を少し思い出したのです。それは異世界からの侵攻を阻止するという理由だったのです」

「ここに召集される兵士は全てそうだ。故郷を守るために戦うと決意している」

「しかし、それは違うと聞きました」

「悪役面だな」

「はい」

「アロストリタス……超人類と名乗る先進文明の生き残りが、世界を支配している事を誇示している。それがこのアルスだ。違う言い方をするなら、暇つぶしに遊んでいるのだよ、あの連中は」

「遊んでいる?」

「そうだ。例えば……自分のペットを戦わせる競技があるだろう。昆虫や犬などを使って」

「ありますね。だったら、俺たちは連中のペットなんですか?」

「ペットは例えだが、連中は我々の事を自らがコントロールしている世界に生息する低次元存在だと認識している」

「蟻の勢力争いを管理しているような?」

「適当に餌を撒いて争わせたり、水浸しにして生息域を狭くしたりしてな」

「神様のつもりなのか」

「そう、つもりなんだよ。神ではないが、適度に技術を与えて文明を進歩させたり、戦争を起こして人口を調節したりしているのさ」

「それは陰謀論で言うところの、フリーメイソンやディープステートの役割を担っているのか? その超人類が??」

「そうだ。お前たちの歴史、直近の歴史で言うなら、二度の世界大戦にパンデミック、ロシア・ウクライナ戦争なども連中の指金だ。私たちの世界も何度か大戦を経験している」

「まさかそんな事があったなんて」

「明確な証拠はない。それに、連中はアルス・ピリア・ラズラス……素粒子転換型次元転送装置を使うから、宇宙船など見つかるはずもない」

「そうだった。俺も素粒子に転換されてここへ来たんだ」

「連中の姿は誰も知らない。アロストリタス……超人類……大そうな名だが、やっとその正体を暴けそうなところへ辿り着けた。お前と悪役面のお陰だ」


 この戦争をゲーム感覚で操っているのなら、そこにコントロールできない要素が絡めば排除するんだ。その具体例が例の昆虫のような戦闘機だ。しかし、俺とヤブサカを排除するなら何故、レーザー砲のような装備を与えるのだろうか。


「それはだな、連中も一枚岩ではないって事さ。ゲームバランスを崩そうとする者がいれば、均衡を保とうとする者もいる」


 心を読まれている。まさか司令はそんな能力があるのか?


「ご名答。私の筐体は思念波をキャッチできるんだよ」


 完全に読まれていた。これで以前から不思議だったニルヴァーナ司令の謎が一つ解けた。彼女はドアをノックするだけで、それが誰か間違えた事がないのだ。


※ルビーもサファイアもコランダム(酸化アルミニウムの結晶、鋼玉)の一種。クロムが1%程度混入したものが濃い赤色のルビーとなり、鉄とチタンが混入したものが青色のサファイアとなる。ちなみに、悪役面は水晶で組成は二酸化ケイ素ですよ。

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