第45話 険悪な二人と怪しい二人
ギンバエを三機撃墜した俺たちは、そのままヴァルボリ空軍基地の滑走路へと降り立った。俺たちと入れ替わりにテンペスト四機が離陸していった。スピットファイアと並ぶ英国の迎撃戦闘機だ。H型24気筒という特異なレイアウトであり、更に一般的なポペットバルブではなくスリーブバルブ方式を採用している偏屈な発動機を搭載していた機体だ。
「香月氏。テンペストに乗ってみたいのか?」
「いや、遠慮するよ。ああいうややこしいのは好きじゃない」
声をかけて来たのはマグノリアだった。
「そう答えると思っていた。一式戦を好む操縦士がアレを有難がるとは思えんしな」
「わかっているなら聞くなよ」
「ふっ。君がノーザンブリアではBf109に乗っていたと聞いてね。ひょっとしたら
「それはない」
「そうか。ところで、IRフォトン砲の使い心地はどうだった?」
「慣れれば問題は無い。照準器がビーム用のレチクルと機関砲用のレチクルの両方を表示していたのには驚いたよ。アレのお陰で問題はなさそうだ」
「ベテランの方が偏差射撃に慣れているからな。そこを考慮した照準器だ」
「どんな技術なんだ?」
「それは秘密だ」
「秘密なのか?」
「ああ、そうだ」
はぐらかされた。しかし、マグノリアがちゃんと説明したとしても俺が理解できるかどうかはわからない。
「気付いていたか? IRフォトン砲は一回の照射が0・5秒、次弾の装填に1・5秒必要だ。カートリッジは15発分しかない」
「なるほど。発射速度と装弾数に制限があるのか。しかし、それで十分だ。機関砲と併用するから問題ない」
「いい心がけだ。ヘタレな奴はビームを過信してあっという間に打ち尽くしてしまうからな」
「機関砲でも同じだろう」
「それもそうだ。おっと、君を待っている人物に睨まれているな。今日はゆっくりと休みたまえ」
手を振りながら格納庫へと向かうマグノリア。そして俺を待っていた人物というのは、セナとカミラだった。
「こちらにお戻りいただきありがとうございます。香月さまのお部屋はご用意してあります。お食事の準備もできております」
「一々うるさいの。祐の事は私に任せて、あんたは司令の付き人をやってなさい」
「私は香月さま専属の給仕です。香月さまに関わること全て、私が優先的に御奉仕いたします。鈴野川女史はパイロットなのですよ。他人の事に構ってないで、ご自身のコンディション調整を最優先とすべきです」
「知った風な口きくんじゃない。私のコンディションは祐と一緒に過ごす事で最適化されるんだ」
「セックスで最適化ですか? 疲労を溜めるだけなのでは?」
「黙れ。この唐変木が」
「色情姐御の我が儘は許されません」
「何だと? ガキのくせに」
「胸が大きいだけの色魔は黙っていた方が身のためですよ」
こいつらは一体、何と戦っているのだろうか。
俺はとにかく体を休めたいのだが、二人して俺の気持ちを察してくれているとは思えない。激しく火花を飛び散らせながら睨み合っている。
「香月に話がある。私の部屋へ来い」
今まさに始まろうとしていた怪獣大決戦はニルヴァーナ司令に遮られてしまった。これは典型的な
俺は渋々……といったような体を装いニルヴァーナ司令についていく。内心は〝でかしたニルヴァーナ司令!〟なのだが。
「そうだ、カミラ。二人分の朝食を持ってこい」
「わかりました!」
無表情で何を考えているのかわからないカミラだったが、この時ばかりは勝ち誇ったような笑顔だった。彼は脇目もふらず駆け出していった。
その場に残されたマリカの顔は……しばらく見ない方がいいかもしれない。相当気分を害していると思うのだが、落ち着いてから優しく抱いてやるしかないだろう。
背中にマリカの痛々しい視線を感じながら、俺はニルヴァーナ司令の後を追った。
「ところで香月。あの男に何を聞いた?」
「あの男とは?」
「片目の悪役面だ」
ニルヴァーナ司令はヤブサカの正体を知っているのか。ノーザンブリアのエースパイロットである事以外の情報が、対立陣営に伝わっているとは思えないのだが。
「ヤブサカですか」
「他にいないだろう」
ニルヴァーナはふと立ち止まり俺の顔を見つめる。
「なるほど。基本的な情報は把握しているようだな」
「何も言ってませんが」
「お前ほどわかりやすい人間はいない。さあ、私の執務室へ行こう」
何かと察しがいい司令だが、どうやら顔を見るだけで心の中まで覗いているのかもしれない。俺たちは鉄筋コンクリートの事務棟へと入る。受付には赤い髪のエリーナがいて俺に手を振ってくれた。奥の階段を上って二階へと上がる。正面に豪奢な分厚い扉があり、そこがニルヴァーナ司令の執務室ということらしい。中へ入ると、ちょうどカミラがダイニングテーブルに食事を並べていた。
「お疲れ様です。準備は整っております。飲み物は何にしましょうか?」
「私はミルクティだ」
「俺は冷たいカフェオレで頼む」
「かしこまりました」
テーブルに並んでいるのはロールパンとスクランブルエッグ、サラダ、マグカップに入ったオニオンスープだ。俺がマグカップを持ってスープに口を突けようとした時、ニルヴァーナ司令がとんでもない発言をした。
「私はあの悪役面と同郷なんだよ」
この一言には魂を抜かれるくらい驚いてしまい、危うくマグカップを落してしまうところだった。
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