第44話 模擬戦と実戦

「ヒャッハー! こいつは良いぜ!!」


 嬉々とした叫び声を上げながらヤブサカの二式戦が上昇していく。日本の最優秀インターセプターと称された機体だ。上昇力は特に優秀なので、俺の一式戦は徐々に離されていく。


「一発目は俺から行くぜ。そのまま水平飛行してくれ」

「了解した」


 俺は操縦桿を前に倒して機体を水平にした。そしてスロットルを少し絞る。奴が狙いやすいように定速で真っすぐ飛んでやる。


「一射目」


 オレンジ色のビームがエンジン部分を照射した。悪役面は後方斜め上から降下しながら射撃してきたのだ。


「当たったか?」

「ああ。発動機をぶち抜いている」

「次は俺の番だな。ほーら、ヨタヨタ飛んでやるからしっかり照準を合わせろよ」

「ああ」


 ヤブサカは200メートル下で水平飛行を始めた。俺は一旦上昇してから左にロールしつつ降下を始めた。


 悪役面の機体を照準器に捉えたのだが、レチクルの表示が変化している事に気が付いた。一式戦の光像式照準器(一〇〇式射撃照準器)は、ハーフミラーにより白い円形のレチクルが表示される。中央に白い点。その周囲に三つの円環が光像として表示される。一般に、銃火器の照準を合わせる際、照星(フロントサイト)と照門(リアサイト)を重ねる必要がある。その為には視線を固定せねばならず、空中で旋回を続ける戦闘機パイロットにとって、視線(頭部)を固定する事は難易度が高い。それを解決したのが光像式照準器だ。パイロットの視線が多少ぶれてもレチクルは着弾点を表示する。


 しかし、この照準器は違っていた。

 悪役面の機体を捉えた瞬間に、中央に赤い十字が浮かび、両翼から伸びていると思われるビームの弾道が点滅している。それとは別に、機関砲用の偏差射撃に対応した黄色のレチクルも表示された。これは、照準に捉えた敵機の予測進路上に着弾点を表示するものだ。

 機関砲を発射してから着弾するまでコンマ数秒経過する。その間、敵機も移動しているから、到達する予測点を狙って射撃している。これが偏差射撃なのだが、俺たちは殆ど勘に頼っている。敵機の進行方向の少し前を撃つ。そして曳光弾の弾道を見て微調整する。たったそれだけなのだが、やはり誤差は出る。しかし、この照準器は自前で偏差照準を適用しているのか。


「ほら、今だ」


 悪役面がジャストタイミングで声をかけて来た。点滅していたビームの弾道と着弾点の十字がひときわ明るく輝いた。俺の放ったビームは悪役面の機体の右主翼を根元から切断するように焦がしていた。


「上出来だ。直接照準だから気を付けろよ。いつもの調子で撃つとビームは敵機の前方を空撃ちするだけだ」

「わかってるさ。しかし、慣れるまで少しかかりそうだ」

「それは皆一緒だ。しかし、悠長に練習してる場合じゃないな。直上から来た。ギンバエだ」

「え?」


 当たり前か。夜が明けるこの時間帯から攻撃可能時間となるからだ。


「高度一万から急降下してるぞ。三機だ。20秒ほどで補足される」

「どうする?」

「降りて来てもらうさ。第一射のタイミングは教えてやるから上手くかわせ」

「わかった」


 悪役面は位置情報だけでなく、射撃のタイミングまで正確に把握している。信じがたい事だがこれは事実だ。


「そうそう。ビーム砲の出力制限をリモートで解除した。俺に当てるなよ」

「何だって? そんな事が出来るのか?」

「俺は特別なんだよ」

「わかった」


 ゆっくりと水平方向に旋回しながら照準器をみると、右下に赤く攻撃可能の文字が浮かんでいた。そして左上にはグリーンで機関砲の残弾が表示されている。300発……つまり、機首にある二門の合計だ。


 この辺りの数値が可視化されるのはありがたい。しかし、大戦期の光像式照準器にこんな機能は有り得ない。本体にセットされた電球が照らすレチクルがハーフミラーに投影されているだけ(注1)なのだから。


「来るぞ。右ロールから急降下。すぐに引き起こせ」

「わかった」


 悪役面の指示通り、機体を右にロールさせてから操縦桿を引く。そのまま地面へと向けて急降下していった。高度は2000ほど、すぐに引き起こさないと墜落してしまう。しかし、丸っこい胴体の二枚羽根ギンバエは俺の背後にぴったりとついて来ていた。ギリギリのタイミングで機体を引き起こす。強いG歯を食いしばって耐えるのだが、ギンバエは余裕で追従してきている。ここはループが旋回か。一瞬躊躇してしまったせいで、ギンバエが更に距離を詰めて来た。しかし、正面に対空砲陣地が見えた。連装のボフォース40ミリが二基。ここは直進だ。


 対空砲は発射準備を済ませ、俺の後ろのギンバエを狙っているだろう。右手を上げて発射の合図を出そうとしている隊長の顔が引きつっているのが見えた。俺は機体の姿勢をふわりと上向きに修正し左にロールしながら急上昇へと移った。その時、引きつった顔の隊長が叫びながら右腕を振り下ろし、四門の40ミリ機関砲が同時に火を噴いた。

 

 各砲ともに数発程度の射撃だったのだろうが、40ミリ弾の威力の前にギンバエはバラバラになって燃えていた。


「おい香月。手がすいたら俺のケツにくっついている奴を潰してくれ」


 悪役面は高度1500メートル位でギンバエとやり合っていた。

 上昇力や最高速度ではギンバエが有利。旋回性能では二式戦が有利。そんな印象を受けた。あのヤブサカが必死に旋回を繰り返し、ギンバエを振り切ろうとしているのだが、優速なギンバエはそれでも二式戦に食らいついていた。そして、ギンバエの射撃タイミングを完璧に読んでいて、肝心なところで見事な回避行動を取っていた。


 ギンバエの放つビームが空を切る。奴が姿勢を変えてヤブサカを追おうとしたそのタイミングを狙ってビームを放つ。


 直接照準で着弾時間はゼロ。

 俺の放ったオレンジ色の光線は、ギンバエを三つに切り裂いていた。


(注1)実は欧米ではジャイロ照準器が開発量産されており、偏差射撃を行うためのレチクルが表示されるものでした。目標との距離をパイロットが手動で入力する必要がありましたが、機体の角速度は自動で検出されました。米軍のK14等が代表で、P51やP47に搭載されていたんですね。しかし、日本ではジャイロ搭載型は実用化できていません。

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