第42話 薄暮の強硬偵察

 このアルスには夜がない。真っ暗になる事は無く、薄暮のような薄暗い、薄明るい状態が続く。


 太陽は東から登って西に沈むのだが、他の天体、月などの衛星、木星や金星などの惑星、シリウスやベガ、リゲルなどの明るい恒星なども確認できない。太陽以外何もないのだ。


 それはこのアルスが通常の惑星上に存在していない事を意味する。あの太陽ですら実際に存在しているのかは怪しい。その証拠に、このアルスは自転していないのだ。


 俺たち戦闘機乗りはそれを意識する事は無い。しかし、地上部隊ではそうもいかない。一般に地上で砲撃する場合、遠距離であれば放物線状の弾道となる。弾道に影響しているのは地球の重力が最も大きいのだが、他にも空気抵抗や風の影響を考慮しなければいけない。更には温度、湿度、気圧、砲台が固定されている地盤の固さ、地球の自転など、考慮すべき点は多岐にわたる。


 一般論となるが、北半球において真北へ砲弾を飛ばした場合、着弾がわずかに東に逸れることは昔から知られていた。地球の自転が影響しているわけだが、これはコリオリの力と呼ばれている。しかし、このアルスではコリオリの力が働いていないという。自転による影響がないのだ。


 敢えて戦闘のために作られた空間。夜がなく自転の影響がない空間。それがアルスだ。そんな場所で戦争をしているわけだが、そこで使用されている兵器が、地球の第二次世界大戦時に使用されていたものに限定されている事は不思議であろう。宇宙規模で戦闘員を集めているこのアルスなら、扱う兵器も宇宙規模で多彩なものであっても不思議ではない。


 今の俺は、その宇宙規模の多彩な兵器と遭遇しているのだ。


「後ろにつかれている。四枚羽でトンボのような奴だ」

「わかってる」


 オニヤンマとでも呼称すべきその機体は、ツインムスタングの背後にぴったりと取り付いて来た。その、口の部分から赤いビームが放たれたのだが、ヤブサカは絶妙なタイミングで機体をロールさせ、その射線をかわしていた。


 四枚羽はジグザグに、鋭角で進路変更を繰り返しながら、再びツインムスタングの背後に取り付いた。


「来るぞ」


 奴は必中を狙ったのか、更に距離を詰めて来た。これは不味い。そう感じた瞬間だった。奴は火を噴きながらバラバラになった。マリカの五式戦が急降下しながら射撃していたのだ。


「脆いな」

「しかし、あの運動性は侮れん」

「だな。写真撮って逃げるぞ」

「わかった」


 ティターニア空軍基地上空にいた敵機は四機ほどだった。オニヤンマのような四枚羽が低高度、ギンバエのような二枚羽が高高度で迎撃してきたのだ。異常に機動性の高いオニヤンマだったが、各機の連携で何とか叩き墜とせた。


 地上の方は守備隊の防御陣地と敵の機動兵器が対峙している状態だった。これは夜明けに一斉攻撃を始めるに違いない。


 ヤブサカは低高度をその敵機動兵器の集結地点へと向かって飛び始めた。


「おい。対空砲で撃たれるぞ」

「大丈夫だ。今は寝ている」

「なんでわかる?」

「俺を信じろ」


 確かに機動兵器は固まったまま動いていない。アンテナ類が稼働している様子もない。地上にいたのは恐らく三種類の機動兵器だった。


 八脚で背から大砲が伸びている自走砲。足は長くズワイガニのような恰好をしている。

 六脚で背の低いゲンゴロウのような奴は頭の部分から短い砲身が突き出ている。これは恐らく戦車だろう。そしてムカデのような、多数のユニットを連結している長い長い車両。これは輸送車か。兵員や物資が積載されているのかもしれない。


 何にせよ、俺たちの常識が通じるような見た目ではなかった。ざっと見ただけだが、戦車が十二両。自走砲が八両。長いムカデのような輸送車が二両ほど確認できた。


「いい写真は撮れたのか?」

「ああ、バッチリだ。トンズラするぞ」


 ツインムスタングは地上1000メートルの低高度をすっ飛んでいく。マリカの五式戦と二式戦、二式複戦も俺たちの後に追従した。


「上はどうなっている?」

「あのギンバエは中々厄介だったようだな。ハエのくせに高度9000でもブンブン飛び回ってたぜ」

「モスキートは?」

「二機堕ちている。二機は被弾しているが上手く逃げれたようだ」

「墜とせたのか?」

「いや、まだブンブン飛び回ってるよ。アレが来ないうちにこっちも逃げるさ」


 それは的確な判断だ。ツインムスタングと香月隊の三機はティターニア空軍基地を後にした。


「じゃあ帰りの操縦はまかせるぜ」

「ああ」


 俺にお鉢が回って来た。自分で操縦桿を握る方が何故か安心するのは不思議だ。ツインムスタングは双胴機だ。そしてパイロットは左右どちらかのコクピットに座る。これに違和感がある。機体の中心から右側の位置に座っている事に。これは、バイク乗りが自動車を運転する際に違和感を覚える事に通じているのかもしれない。慣れればどうという事は無いのだが、違和感があるのは間違いない。


 そんなどうでもいい事をつらつらと考えていると、燃料計の減り方が早い事に気づいた。


「おいヤブサカ。燃料が漏れているぞ」

「そうだな」

「気付いていたのか?」

「まあな」

「どうするんだ。このままじゃノーザンブリアまで帰れない」

「だな。ヴァルボリ空軍基地に降りるしかなかろう」

「いいのか」

「良いも悪いも、そうするしかない」


 それはそうなのだが、この悪役面の落ち着き加減はどうなのだろうか。少し慌てるとか、不安になるとかは無いのか? まあ、この男にそんな詮索は無意味だろう。何せ、機械の体の中にいる水晶人形みたいな可愛い奴が悪役面の本体なんだから。


 程なく俺たちはヴァルボリ空軍基地へと到着した。あっさりと着陸を認められた俺は、黒々としたアスファルトの滑走路へとツインムスタングを着陸させた。

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