第41話 ツインムスタング

 こんな機体に乗せられるとは思ってもみなかった。俺は少量だがアルコールが入っているからと搭乗を断ったのだが、あの悪役面は聞き入れなかった。「長距離偵察だ。帰りの操縦を任せたい」という事らしい。


 髭面の基地司令もヤブサカには絶大な信頼を寄せているようで、あの悪役面の言う事は何でも聞くらしい。まあ、髭面の司令より偉そうにしているのは奴の平常運転のようだが。


「こいつは速いぜ。そして航続距離もこのクラスでは最高だ」

「機関銃も改良型のM3で発射速度が上がってる。毎分1200発だ」

「敵に出会ったら? とんずらこくだけだよ。これに追いつけるのはジェットだけさ」


 暢気なものだ。このP82は、二機のP51を主翼と尾翼部分で連結したものだ。愛称はツインムスタング。見た目もそのまんまだ。パイロット二名は左右の胴体のコクピットにそれぞれ搭乗し、どちらの席でも操縦できるようになっている。


 エンジンは当初、P51と同じパッカードマーリンを搭載していたのだが、より高出力のアリソンV1710へと換装されている。しかしこの機体はクリスティン・レオンハルトの魔改造が施されている……らしい。


「巡航時はリーンバーン(希薄燃焼)設定だ。戦闘出力への切り替えは手動になる。ちゃんと切り替えないと定格の7割しか出ない。気を付けろよ」

「ノーマルは二段二速過給機だが、この機体には排気タービンを取り付けてある。低高度から高高度まで高過給圧を実現しているぞ。高度12000でも770キロ出る」

「低燃費と高出力を高次元で融合した機体だ。全ての高度域において、この機体に追従するレシプロ機は存在しない」


 なのだそうだ。確かに、速度性能としてはレシプロ機最強だ。そして、運動性も双発機としては秀逸らしい。そして航続距離は大型の増槽を使用した場合は4000キロを超える。


 この長大な航続距離を用いての強硬偵察を実施しようという訳だ。行先はティターニア空軍基地。俺の古巣だ。ヤブサカの情報では、現在、謎の勢力に激しく攻撃されているらしい。その謎の勢力とは何か。それを確かめに行くための重要な任務になる。


「起きてるか?」

「ああ」

「寝てていいぞ」

「眠れるか」

「だろうな。ま、俺に任せてゆっくりしておけ」


 悪役面だ。一応、気を使ってくれているらしい。


「そりゃそうと、高度が低くないか?」


 この、高高度性能が特に優秀なこの機体で、今は3000メートルほどだ。


「まあな。低い方がよく見えるだろ。写真にも大きく写るしな」

「そりゃそうだが、敵機がいたらどうするんだ」

「何とかするさ。仮にいたとしても、必ず俺が先に見つける」


 自信満々だ。何だかいい加減な気もするが、特に心配するような事は無い。あのヤブサカのとんでもない探知能力を知っているからだろう。


 ツインムスタングはさらに高度を下げる。市街地上空を1500メートル程の低高度で飛んでいる。流石にこれは低すぎるんじゃないか。それを指摘しようとしたのだが、何故かヤブサカは翼を左右に振り始めた。


 僚機でもいるのか?

 何処に?


 唐突に降下して来た機体が見えた。

 三機だ。


 上空で待ち伏せしていたのだろうか。そいつらはツインムスタングを囲むような位置についた。左右と前方に、これはダイヤモンド体形だ。そしてその機体は五式戦と二式戦、二式複戦だった。


「護衛に感謝する」

「ティターニア空軍の鈴野川です」


 マリカ。それなら残りの二機は鰐石女史と髭面の水之上だ。香月隊のメンバーはちゃんと生き残っていた。俺は深く安堵するとともに、こんなに早く両陣営の協力体制が整っている事に驚いてしまった。


「マリカ、生きていたのか?」

「それはこっちの台詞よ。堕ちたのによく生きてたわ」

「再会の挨拶は後にして。で、低高度から侵入するなら私たちが護衛します」


 鰐石女史だ。


「ま、俺たちも状況をつかみかねている。ティターニア空軍基地は、今まさに謎の地上軍に蹂躙されているんだ。連中が何者なのかはっきりと確認しなくては次の手が打てない」


 これは髭面。


「つまり、私たちとあなたたち、ティターニアとノーザンブリアの利害が一致しているのよ。モスキートが高高度から侵入する予定だけど、ヤブサカさんはどうするの? このまま低高度から突っ込むの?」

「そのつもりだ。いい写真を撮りたいからな」

「豪気ね。祐はそのままでいいの? あなたの機体も用意してあるわよ」

「このままでいい」

「残念ね」


 程なく、俺たち四機はヴァルボリ空軍基地の上空を通り過ぎた。そこにはティターニア空軍基地から退避して来たであろう四発の爆撃機、ランカスターやハリファクスが十数機ほど確認できた。


 突然の空襲による損害は大きく、ここに来れた機体は約半数らしい。


「明朝に反攻作戦を実施したいの。でも敵の情報が少なすぎる」

「航空機は四枚羽と二枚羽。まるで昆虫のような薄い羽根を振動させて飛んでる。地上軍はいわゆる多脚型の車両が確認されてるんだが、詳しい事は何もわかっていない。中に乗っているのが人間なのかどうなのかって所からな」


 鰐石女史と髭面が説明してくれた。まさに未知の敵と言っていいのだが、俺はそう驚いてはいなかった。ヤブサカを始め、他のメンバーにあの異形を見せられてたからだ。


 中からバッタ人間が出てこようがトカゲ人間が出てこようが、そんなものはどうでもよかった。

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