第39話 軍事的不均衡の修正
皆が同じものを食べ、同じビールを飲んでいる。裏宇宙とか異星人とか、そんなものは関係なく旨い物は旨いって事なのか。しかし、あの体が水晶でできているヤブサカが、焼き鳥をつまんでいたりビールをチョビチョビ飲んでいたりするのはやはり違和感がある。
「ヤブサカ。お前、飲んでも大丈夫なのか?」
「ああ、平気だ。俺は酔わんしな」
「酔わない?」
「そうだ。だから、お前たちのように飲んで気分が良くなるってのは理解に苦しむ」
「そりゃ残念だな」
「だろ?」
ヘラヘラと笑っているヤブサカの頭をセナがちょこんと突いた。
「何するんだよ」
「あんただって酔っぱらう飲み物あるじゃない」
「はあ? アレは飲み物じゃねえだろ」
「普通は飲まないわね。でも、あんたは大好物よね」
「香月に余計な事を吹き込むんじゃねえぞ」
「ヤブサカ先生の大好物はガソリンなんかの揮発油なのです!」
「馬鹿、言うんじゃねえ」
情報を漏らしたのはヤブサカの整備士であるローレンツだった。俺だけが知らないのなら秘密でも何でもなかろうに、ヤブサカはローレンツの手に焼き鳥の串をつんつんと突きながら抗議していた。
「ガソリンで酔うなら、レシプロ機は不味いんじゃないのか? ガソリン臭は結構あるぞ」
「その程度は問題ないよ。俺はお前らみたいに呼吸しないから」
「呼吸しない?」
「ああそうだ。だから宇宙空間でも平気だよ」
「鉱物系だから?」
「そうなるな。お前たち炭素系生物とは根本的に体のつくりが違うんだよ」
「いや、そもそも鉱物系の生物ってのが信じられないんだが」
「慣れろ。この広い宇宙にはお前の小さな常識が全く通用しない星もあるんだよ」
「そうだよなあ」
ヤブサカの言う事はよくわかる。
生命の発生や文明の発達なんかも、数億年単位でズレていれば片方からは理解できなくて当然だろう。
「ところで香月。さっきの娘だが」
「見てたのか?」
「俺の筐体は感度がいい」
「それで?」
「彼女達はオベロンの街からここタナトスに引っ越して来たのか?」
「恐らくそうだ。俺を探しに来たと言っていたが、店で働いているって事はそういうことなんだろうよ」
「それは良かった」
「どういう意味だ?」
ヤブサカの両眼、サファイアのような紫色の瞳が激しく点滅し始めた。
「何があったの?」
「先刻、イージアス空軍基地が占領されたようだ。今、オベロンの街やティターニア空軍基地が空爆されている」
「まさか? ダジボーグの連中が?」
「いや、それはない」
ダジボーグ……主に旧ソ連機を扱っている陣営だ。俺たちノーザンブリア陣営からすれば北西方向が本拠地になる。そして、俺の古巣であるティターニア陣営は南東方面だ。ダジボーグがティターニアを叩くには相当な距離を迂回せねばならず、それは現実的ではない。
「ならば何処が?」
「情報収集中だ。それと、上の連中はこの機会にヴァルボリ空軍基地の奪還を狙うだろうな」
ヴァルボリ空軍基地。前日、俺たちが奪取したエリアだ。そこで俺は被弾し不時着したところをこのヤブサカに救助されたって訳だ。ノーザンブリア陣営としては当然ヴァルボリ空軍基地の奪還を狙うだろう。しかし、何かが引っ掛かる。違和感がある。
「それは軍事作戦として当然だと思うが、ティターニアを攻撃しているのはどの勢力なんだ? それが判明するまでは迂闊に動かない方がいいのでは?」
「その通り、ごもっともな意見だ。ティターニア陣営は歩兵師団と機甲師団をヴァルボリとウェセックス方面へと展開していた。後方のイージアス空軍基地はほぼ無防備で、戦闘機と爆撃機も数機ずつしか配備されていない。何故無防備だったのかは明白で、敵がいないからだ。じゃあ、誰がやったのかって事になるんだよ」
ヤブサカも気づいている。何かが俺たちが戦っているこの戦場へ介入してきている。それが何なんかはまるで心当たりがないのだが。
「意外と早かったわね」
「多分な」
セナとヤブサカは何か気付いているのか。
「香月くん。あなたには説明してたでしょ」
「俺とヤブサカが敵機を墜としまくれば、それが戦力の不均衡を生み出す」
「そう。それに気づいた
「推測か。しかし、根拠はある」
「そうね。今、ティターニアを攻めるのは悪手」
セナの言葉にその場にいたメンバーが頷いている。
「ヤブサカ。帰るわよ。あなた、運転してちょうだい」
「わかった」
「みんなはゆっくりして。明日から忙しいでしょうから」
セナが立ち上がり、元の色白な人の姿へと戻っていく。ヤブサカは例の花のように開いている水晶の中へと戻り、その花も閉じていって球形となった。その水晶玉はふわりと浮き上がって、ヤブサカの左目へと埋まる。ヤブサカの顔の皮膚が元通りに閉じていき、最後に例の眼帯で覆われた。
可愛らしい水晶人形が悪役面へと変身した訳だ。クリスティンもバッグを持って立ち上がり、ヴェルナーとローレンツも元の白人の姿へと戻っていた。
「あら。宴会は中止?」
「宴会よりもそっちの方が楽しいですから」
「だよね」
「ええ」
結局、皆でカフェ・乙女ララを後にした。来た時と同じ黒いミニバンに乗ったのだが、運転手はヤブサカだった。
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