第38話 彼らの正体
「ヴェルナーとローレンツは半植物系人間だ。本当の姿を見せてやってくれ」
「はーい」
「了解」
ヤブサカに声をかけられた二人の姿が変化する。淡い緑色の皮膚は異質なイメージだし、頭髪の代わりに生えているのは苔のような濃い緑色の植物だった。
「この二人は光合成ができるんだよ。案外便利」
「便利って程でもありませんよ」
「水と光があれば一週間程度は元気に暮らせます。でも食べないと衰弱していきますけどね」
ヴェルナーとローレンツが説明してくれた。光合成ができるなら食べる量も少なくて済むのだろうか。
「そしてセナは鬼ババアだ」
面と向かって言いやがった。これは容姿云々よりも性格的なものを指す言葉思っていたいたのだが違うのかもしれない。
もしかしてセナは、俺たちが想像する鬼、おとぎ話に出てくるような鬼の姿をしているのだろうか。俺は彼女から目が離せなくなっていた。
「その言い方は傷つくぞ。私だって人間の範疇にある種族なんだ」
セナの容姿が変化していく。赤黒い肌と額から頭頂部にかけて五本の短い角があった。赤鬼と表現するのがぴったりな容姿だ。
「ついでに250歳」
「バラすな。あ、香月。これでも若い方なんだ。平均寿命は800年くらいになる」
800年だと? セナは俺たちの10倍もの寿命があるのか。体つきは俺たちとほとんど変わらない。違いは肌の色と角があるくらいなのだが、そういえば彼女は容姿を自在に変えられる能力があると言っていた。
「それではお待ちかね。俺の正体をみせてやろう」
ヤブサカが左目の眼帯を取った。そこにはキラキラと輝く水晶のような球体が埋め込まれていた。ヤブサカの顔の皮膚が左目を中心に放射状に裂けていき、その水晶のような球体が、彼の顔の半分ほどもある大きさの球体がコロリとテーブルの上に落ちた。
その球体も、まるでミカンの皮を剥くかのように表面がはがれていき、 その中にはいかにも可愛らしい小人……透明な水晶でできている水晶人間がいた。水晶の花の中に美しい水晶の小人が立っているようで、あの悪役面のヤブサカとは似ても似つかない愛らしい容姿だった。
「これが俺の本体だ。いわゆる鉱物系の人類ってやつだ」
「鉱物系? 水晶なのか?」
「ああそうだ。二酸化ケイ素の結晶だよ」
声は小人の声に変わっていた。甲高いアニメ声だ。
体形はおよそ三頭身。そしてその顔は水晶でできた滑らかな顔の中に紫色の大きな瞳が美しく……この部分はアメジストなのだろうか……とんでもない美術品を鑑賞しているような気なる。これがあのヤブサカ……信じたくない気分なのは当然だろう。
「おや? ビックリして声も出ないのか?」
「いや、残念な事にお前の美しさに見とれてしまったよ」
「ほほう。俺に惚れるんじゃねえぜ」
セリフはいつものヤブサカなのだが、この甲高いアニメ声には違和感がある。いや、目の前にいる水晶の小人の声としては相応であるが、声の主があの悪役面のヤブサカだと信じたくない。
「惚れたりはしないさ。俺はふくよかで柔らかな女性が好みだからな」
「悪かったな。固くてちんちくりんで」
「あんたの体も興味深いんだが、それよりもその、悪役面の体は人形なのか? その人形に何か高度な探知機能があるのか?」
「まあな。右目の方は広角と望遠の切り替えができる高性能なカメラアイだな。それとは別のセンサー、鉱物質センサーってやつが取り付けてあってな。空中だと10キロの範囲ならほぼ正確に対象を認識できる」
「その鉱物質センサーとカメラアイでほぼ全方位を見ていると?」
「そうなる。ま、地上では役に立たんセンサーだが、空中ではいい仕事をするんだぜ」
「なるほど……」
ヤブサカの秘密の一端がわかった。こいつは350ccの空き缶程度の体しかないのだが、その他の部分は機械人形で、それは高度なセンサーを搭載していて死角はない。しかも、10キロ先まで把握しているなんて。
「では夜間でも見えているのか?」
「もちろんだ。鉱物質センサーはパッシブレーダーに引っ掛からないからな。もちろんカメラアイの暗視機能も優秀だぞ」
まったくどうなってんだ。この世界では大戦期の装備で戦う約束じゃなかったのか。
「不公平だな」
「まあそう言うなって。俺たち異形の種族がここで戦うためには人間に化けなくちゃいけないんだ。その方法は各自に任されている」
「何故? 俺たちのような姿にならなけりゃいけないんだ?」
「それがここのルールだからさ。ここはお前たち地球の大戦期の装備で戦うってのがお約束だ。戦うPCも人間の姿にならなきゃいけない」
「そんな決まりがあったのか」
「そう。だからここは人気があるのさ」
「人気だって?」
「ああ、そうだ。重力制御や次元転移なんかで戦う戦闘機の何が面白いってんだ?」
言われてみればそうかもしれない。単純な空力だけで飛んでいる飛行機は、宇宙規模の、異星間での交流がある種族からすれば遅れている技術だが、それだからこそ意味があるという考え方なのだろう。
「ところでヤブサカ」
「何だ?」
「ここ異界アルスはめちゃくちゃ広いって話だな」
「そうらしいぞ」
「つまり、地球の、第二次大戦期以外の戦場もあるって事なのか」
「そうらしいな。剣と槍と弓で戦う肉弾戦だけの戦場もあるし、空中戦艦やら人型機動兵器やらが飛び交う戦場もある」
「まるで映画の世界だ」
「ま、文明のレベルが近い戦場は現実的だと感じるし、離れているとフィクションとしか思えないんだよ」
「じゃあお前たちは何でここに?」
俺の質問に目の前の四名は揃って頷いた。
「楽しそうだから」
「地球のエンタメに憧れてた」
ヴェルナーとローレンツだ。つづいてクリスティンが口を開く。
「機械のみで作動する兵器に憧れてな」
そしてヤブサカだ。
「人間に化けられる戦場はここしかなかったんだよ」
セナは少し困り顔となってため息をつく。
「みんなゲーム感覚なんだから」
「お前は違うのか?」
「違うわよ。私はあの連中の支配体勢を崩したかっただけ。だからあなたたちの記憶操作に協力してるんじゃない。他のPCは記憶喪失状態なんだからね。私に感謝しなさいよ」
「ああそうだな。鬼ババアには感謝しかないよ。ははは」
赤黒い顔の角が生えているモロに赤鬼の顔をしているセナが、あからさまに不快感を示しているのだが、そんな雰囲気の中で甲高いアニメ声の、ヤブサカの笑い声が響いているのは何ともシュールな構図だった。
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