第37話 ミリタリーカフェ・乙女ララ

 ヴェルナーの運転するミニバンが向かうのは基地周辺の街にある繁華街だった。怪しいピンク色の風俗店が軒を並べているその先に、目的のカフェがあるのだという。


「ここがかの有名なミリタリー系のカフェ、乙女ララでーす。皆さん、さあ降りてください」


 元気いっぱいのヴェルナーだ。俺は壮年の美女クリスティンと共に降車した。セナは先に店へと入っていく。そしてゆっくりと降りて来たのがヤブサカと金髪の若い男、ローレンツ・シュタルクだった。彼はヤブサカの機体を担当している。


 乙女ララという妙な名の店だが、店の装飾はミリタリー系で海軍の艦艇をモチーフにしているようだ。入り口周辺は艦艇のデッキを再現しているようで壁もドアも金属製だ。ドア自体も艦艇の水密戸を模しているようだし壁には丸い舷窓げんそうが取り付けてある。


 中へ入ると原寸大であろう小型の単装砲が出迎えてくれた。小型とはいうものの、艦艇に搭載する艦砲なので砲塔と砲身を合わせて8メートルほどの長さがある。これは恐らく、オート・メラーラ社の76ミリコンパクト砲であろう。他にも、魚雷や40センチクラスの砲弾、艦載機や昔の戦艦の模型などが店内の至る場所に展示されていた。


「みんな、こっちよ!」


 店の奥の方からセナが呼んでいる。どうやら個室を予約していたようだ。やはり金属製の壁には金属製の水密戸が設置してあり、皆はそこから中へと入っていくのだが、俺は何故かセーラー服とミニスカート姿の従業員に手を引かれてバックヤード、倉庫のような場所へと連れていかれた。俺の手を引いていたのは小柄な女性だったのだが、それは何と青海絵麻おうみえまだった。


「祐さん見つけた。みんな物凄く心配してたんだから」

「それはすまなかった。運よく生き延びることができたんだが、ティターニアには戻れなかった。ところで奈美はどうした?」

「後ろ」


 背後から抱きつかれた。霧口奈美きりぐちなみだ。彼女の豊満な胸元が背中に押し付けられる。


「ねえ祐さん。いつになったら抱いてくれるの?」


 背後からねっとりとした声で話しかけられる。絵麻は正面から俺に抱きつき、俺の胸に顔をこすり付けて来た。


「私も抱いて欲しい。奈美よりも先にね」

「私が先。ねえ、祐さん」

「祐さん困ってるじゃん。だったら二人一緒でもいいよ。頑張って気持ち良くしてあげるから、ねっ」

「絵麻のAカップじゃ無理。私のFカップなら絶対満足できるよ」

「祐さんは胸の大小は関係ないって言ってたもん」

「それは絵麻に気を使ってただけ。祐さんは巨乳が大好きなんだよ」

「そうね。この人は断然巨乳好きね」


 突然第三者の声が倉庫内に響いた。入り口で俺たちを見つめていたのはセナだった。


「はあ、全く。あなた、こんなに節操がない男だったわけ?」


 何故だかセナに白い目で睨まれている。俺はべったりとくっついている絵麻と奈美を引きはがした。


「詳しい話は後でな。今は仕事に戻れ。ここで働いているんだろ」


 俺は二人の尻をポンポンと叩いて倉庫から追い出した。セナの目を気にしていたのか、絵麻と奈美は渋々と仕事へと戻って行った。


「もう、あなたがいないから始められなかったのよ」

「すまなかった。オベロンの馴染みだったんだ」

「あの娘が? まだ処女じゃないの?」

「多分な。二人はまだ子供だ」

「傷物にしちゃだめよ」

「そのつもりはない」

「じゃあこっち」


 セナに連れられて奥の宴会場へと案内された。そこはまるで戦闘艦の戦闘指揮所 Combat Information Center =CICのような装飾が施されていた。レーダー画面や操作パネルなど、本物そっくりな演出がなされていた。


「凝ってるな」

「そうね。じゃあ始めるわよ」


 既にジョッキの生ビールとおつまみがテーブルに並んでいた。


「香月、遅いぞ。クソでも詰まってたのか?」

「すまない。野暮用だ」

「野暮用ねえ」


 俺が絵麻たちと会っていた事を知っているのか、悪役面のヤブサカはニヤニヤと笑っていた。


「さあ始めましょう。乾杯!」


 年長であろうクリスティンの合図で皆が飲み始めたのだが、何故かあの悪役面は飲んでいなかった。グラスに口を付けないし、料理にも手を付けていない。


「ヤブサカ、お前、飲まないのか?」

「この体ではな」

「この体? どういうことだ?」

「くくく。まあまあ、俺の事は気にせずに好きなだけ飲み食いしろ。皆も遠慮するなよ。今日は香月先生の奢りだからな」

「ありがとうございます!」

「遠慮はしません!」


 二人の整備士、ヴェルナーとローレンツだ。


「少しは遠慮しろ。この馬鹿者」


 などと二人を叱るのは年長のクリスティン。


「しかし、イケメンに奢ってもらえる酒は旨いな。ははは」


 クリスティンはまるでスポーツドリンクでも飲むような勢いでビールをあおっている。彼女はかなり行ける口らしい。


「もう隠さなくてもいいんじゃないか? ざっくばらんに行こう」

「そうか? そうかもな」


 セナの提案にヤブサカが頷いていた。


「香月」

「何だ?」

「まず、ここにいるメンバーは全てPCプレイヤーキャラクターだ」

「わかっている」


 そうだ。工場長のクリスティン、整備士のヴェルナーとローレンツはちゃんと影があるPCだ。それはセナもヤブサカも俺も同じ。


「ついでに言うと、ここのメンバーは皆、お前たちから見た裏宇宙から来ている」

「裏宇宙? セナと同じなのか」

「そういう事だ。ただし、皆が同じ種族だという訳ではない」


 まあそうだろう。様々な星があり様々な種族がいて当然だ。しかし、見た目は地球人と同じ、整備関係の三人はドイツ系の金髪にしか見えないが。


「クリスティンはまあ、そのまんまで容姿の変換はしていないが、地球人の年齢だと大体150歳になる」

「え?」


 確かに環境によって種族によって寿命は違うのだろうが、150歳とは恐れ入った。クリスティンは恥ずかしそうに俯いている。女性にとって年齢を知られるのは恥ずかしい……それは宇宙で共通なのだろうか。クリスティンの反応を見る限り、どうも地球と同じ感覚らしいことが分かった。

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