第36話 整備士と事務員とパイロット
俺とヤブサカは意気揚々と基地へと戻った。駆け寄ってきた整備員が横開きの風防を開けてすぐに、俺に握手を求めて来た。
「香月さん、今日はヤクとラヴォを合わせて7機撃墜されたそうですね。僕の整備した機体がこんなに活躍するなんて、感激です!」
7機撃墜……どうしてそんな数字になっているのだろうか。あの悪役面が空中で衝突して自滅した敵機を俺の成績にしたとしか考えられないのだが、何故そんな事をするのか理解に苦しむ。しかし、整備の彼には愛想笑いで頷いてやる。
「運が良かっただけさ」
「またまた謙遜しちゃって。香月さんの事は以前から噂になってたんですよ。ティターニアの一式戦使い。格闘戦では絶対無敵のスーパーエース、ブラッディーオスカー! そんなエースパイロットが僕の担当している機体で飛んでるってだけで感無量なのに……ガシガシ墜として帰還されるなんて……もう死んでもいい」
「おいおい。それじゃ誰が整備するんだ?」
「もちろん冗談です。僕はヴェルナー・ヒュッター。魔改造なんかはできませんが、ちゃんとカタログデータを出せるよう頑張って整備します」
「頼むよ」
「はい!」
まだ若い金髪の青年に機体を預け、俺は事務所へと向かった。ヤブサカは先に向かっていたようで、すでにそこにはいなかった。開けっ放しの入り口から少し先の受付のデスクにはあのセナがいた。日系で華奢な体つきの彼女。昨夜、豊満だった胸は元の貧乳に戻っていた。
「お疲れ様。ここにサインね」
「ああ」
セナが差し出した書類に目を通す。それは本日の戦果報告書だ。確かに7機撃墜となっていた。本来は自動でカウントされるのだが、対象が複数いる……共同撃墜の場合には拒否する事もできる。つまり、今日の敵機同士が接触して墜落した事故に関して、自身の戦果ではないと申告できる。しかしだ。それはこの、戦果報告書において申告すべきものであり、事前に、戦闘中に報告はできないはずなのだが。それにあの悪役面は〝山分け〟にしようとも言った。
「この撃破数だが」
「聞いてるわ。あなたの巧みな操縦で自滅させたんだってね。そういう場合は堂々と戦果に挙げていいのよ」
「いや、ヤブサカとの共同なのだが」
「ん? あの悪役面からの報告なんだけど?」
「そうなんだな」
「まあいいじゃん。このクレジットで一晩の飲み代が優に稼げてるわけだから」
「俺が撃墜した事にして、俺に奢らせようと?」
「そうかもね。でも、そうじゃないかも?」
「どっちなんだ」
「さあね。悪役面に聞けばいいわ。私も付き合おうかな?」
「……」
「どうしたの? 私が一緒じゃ嫌?」
「そんな事は無いよ。どうせなら君と二人きりの方がいいと思っただけだ」
「あら、嬉しい事を言ってくれるわね。じゃあ、お店の段取りは任せて。後で部屋まで迎えに行きます」
「わかったよ」
ヤブサカの鬼ババア発言が頭の隅にこびりついていたので、セナはあの悪役面と同席しての食事など以ての外なんだと勝手に思い込んでいた。そして、咄嗟にセナのご機嫌を伺うようなお世辞が俺の口から飛び出すとは……少しだけ自分が信じられない気分だ。
自室へ戻ってシャワーを浴びてから平服に着替える。カーゴパンツにTシャツという簡素な服装だが、誰かとデートする訳でもない。特に問題は無いだろう。
しばらくしてからセナが部屋に来た。
「ふふん。地味な服装ね」
「君もそうだろ」
「まあね、ジーンズにポロシャツだし、色気も何もないわ」
そんな事を言いながらもセナは俺に抱きついてきた。そして俺の胸に頬をこすり付ける。
「ねえ、また抱いてくれる?」
「またな」
「ケチ」
「任務に差し支える」
「そんなものなの?」
「ああ。それに今夜はヤブサカに問うべき事が多い」
「そうね。そうだね」
セナは俺の腕を掴んで部屋を出る。俺はセナに引っ張られながら地下の駐車場へと向かった。再びあのフェアレディZに乗せられるのかと思ったのだが、そこで待っていたのは10人乗りのミニバンだった。運転席に座っていたのは整備士のヴェルナー・ヒュッターだった。ミニバンの中には悪役面のヤブサカと他の整備士二名も乗っていた。
「今夜はよろしく。君とは一度、ゆっくりと話してみたかったんだ」
右手を差し出したのは工場長のクリスティン・レオンハルトだ。既に50代だと思われるが、銀髪であり年相応の美女である。
「よろしく」
俺は彼女の手を握ってその隣に座った。セナは助手席に、そしてヤブサカは一番奥の席で金髪の若い男を侍らせていた。
「揃いましたので出しますね。皆さん、シートベルトの着用をお願いします」
ガラガラとディーゼルエンジンの鼓動を響かせながらミニバンは発車した。さてさて、今夜はあの悪役面の正体を確認したかったのだが、何故かおまけの人物が四名も揃ってしまった。懇親会のような場となるなら、ヤブサカを連れて抜け出す必要があるのかもしれない。
しかし、セナを連れて抜け出すのならともかく、あの悪役面のオッサンを連れて抜け出すなんて……いや、深く考えまい。今夜はヤブサカの秘密を暴く事、これが最優先なのだと自分に言い聞かせた。
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