第35話 ヤブサカの空間認識能力
ラヴォーチキンLa5……もともとV型12気筒の液冷エンジンを搭載していた機体だが、空冷星型複列14気筒エンジンに換装して成功した機体だ。日本では、五式戦闘機や海軍の艦上爆撃機彗星が空冷星型エンジンへの換装で成功した機体として知られている。また逆のパターン、即ち、空冷星型エンジンから液冷12気筒エンジンへと換装し成功した例として、ドイツ空軍のフォッケウルフFw190D9がある。
エンジン供給や最適な作戦高度など国や戦域によって事情が変わってくるが、従来は直径の大きな星型エンジンよりも前面投影面積の小さい液冷エンジンの方が高速を出すには有利と考えられてきた。しかし、空冷星型エンジンでも相応の高速が出せる事が分かった。それは、空気抵抗となると思われていた空気をエンジンが過熱し膨張させて後方へと吐き出す事で推力となる事が分かったからだ。
米軍のP47サンダーボルトや英軍のシーフューリーなどがその代表例である。また、戦後のエアレースにおいても、最高速度のレコードホルダーは米海軍機、F8Fベアキャットの改造機だ。
「上手く高度優位につけた。降下して叩くぞ」
「わかった」
悪役面のヤブサカの指示に従い、彼の後を追う。左にロールしつつ斜め上からLa5を狙う。
連中は逆V字型の編隊を組んでいた。ヤブサカは編隊の先頭を狙い、俺は左の最後尾を狙う。電影照準器がLa5を捉えた。
先ず、ヤブサカの射撃で先頭のLa5が火を噴いた。次いで俺の射撃で左最後尾の奴が火を噴く。ヤブサカは左にロールしつつ急降下しているが、俺は右にロールしつつ降下した。
「上手いぞ。おっと空中衝突しやがった。残りは二機、落ち着いて片付けろ」
「了解」
奇襲が完璧に決まったようだ。そのおかげなのか、慌てた敵機は味方と衝突したらしい。
残りは俺とヤブサカの機体を追って来た。空冷星型エンジンに換装して高性能化したLa5は、中低高度ではグスタフ以上のパフォーマンスを見せる。俺たちにぴったりついて来ていて、ちょっとやそっとでは剥がせそうにない。
「そのまま大きくループしろ。てっぺんで会おうぜ」
冗談めいた口調だ。普通のパイロットなら何を言ってるのか意味不明だろう。しかし、短いながら付き合いのある俺は、あの悪役面の考えている事は理解できているつもりだ。
機体を降下させながら速度を乗せる。高度を速度へと変換しつつループ、宙返りへと持っていく。十分に速度を乗せ、今度は上昇、つまり速度を高度へと変換する訳だ。
「もうちょい左に振れ」
ヤブサカの指示が飛ぶ。今のままでは綺麗にてっぺんで会えないらしい。俺はラダー、方向舵を操作してほんの少し軌道を修正した。
「上手いぞ」
俺もヤブサカの機体を目で追うのだが、とても捉える事なんてできない。しかし、あの悪役面は俺の機体の位置をきちんと把握しているらしい。奴の機体にはレーダー探知機でもついているのだろうか。いや、そもそも単発レシプロ機の機首にそんな装備を搭載できるスペースは無い。
機体は上昇から背面に移行し、やっとヤブサカのグスタフを目視できた。これは俺とヤブサカ、二つのループがその頂点で交わる軌道だ。このままでは衝突するのだが、わざわざそんなループに誘い込んだ意味はただ一つ。
正面に、電影照準器のレチクルの中にヤブサカの機体を捉えた。その瞬間に、双方が左ロールさせながらお互いをかわす。衝突スレスレ、プロペラが接触するのではないかという位に接近しつつ再び降下する。背後ではやはりLa5が衝突し、片翼を失った二機がクルクルと錐揉みしながら墜落していった。
「こんなに上手くいくとは思わなかったぞ」
「そもそも、こんなアホな手段を思いつく方がおかしい」
「ふん。弾を節約できただろ?」
「それに何の意味がある?」
「面白かっただろ」
「興味本位でこんな事をしているのか?」
「さあな」
やや怒気を込めた俺の言葉を意に介していない。どんな神経をしているのだろうか、あの、悪役面は。
「燃料が少ないな。帰投する」
「わかった」
無骨な……という表現がしっくりと来る機体、Bf109グスタフ。他の主力機が水滴型で枠の無い風防を採用したのに対し、角のある横開きの形状は、無骨な古さを感じさせるものだ。また、機首の二つの膨らみ。これは7.92ミリから13ミリへと機銃を換装した際、機首のスペースに収まらなかったからだと言われている。このような、改良され続けた跡が外観にはっきりと刻まれ、なおかつ、最後まで第一戦で戦い続けた名機の存在感に対し、ある種の感動さえ覚える。
「今日の戦果は山分けだ」
「自滅した奴か?」
「そう。二人で合計10機も墜とせば十分だろう」
「まあな」
そうだ。中低高度が得意なソ連機に対し、相手の土俵で圧倒した訳だ。これには相応の評価があっていい。しかし、その戦果はヤブサカの能力に負う部分が大きいのも確かだ。
あの、悪役面の不可解な空間認識能力は何なのだろうか。アレのお陰で俺は生き残り、そして戦果をあげられているのだ。
その謎について何らかの回答を得たいという気持ちは強い。基地に帰ってから夜の街に繰り出してその辺の事情を問い詰めてやろう。俺は奴をどうやって誘い出すか、アレコレと算段していた。
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