第34話 鮮血の隼と蒼空の死神

「香月、後ろだ」


 ヤブサカの檄が飛ぶ。背後に迫る機体はYak1。俺は機体を左に捻り背面から急降下した。斜め45度の降下だが後ろのヤクは一瞬対処が遅れ、大きなカーブを描きながら降下している。俺は十分に速度を乗せたまま上昇に転じた。ヤクは俺を見失ったのか、旋回を止めて上昇を始めた。その時、俺は高度優位の位置につけつつ降下を始めていた。


 やや遠い。しかし、電影照準器はヤクを捉えていた。

 距離は1000。機首上面に取り付けられた13ミリと、プロペラ同軸のモーターカノンが火を噴く。上面を晒していたヤクに曳光弾が吸い込まれ、そいつは爆散した。


 機関砲一門と機関銃二丁。当時の機体としては武装が貧弱といわれている。しかし、機首に武装が集中している事で射撃時の姿勢と弾道は安定しており、また、着弾も集中するので戦闘機相手なら破壊力は十分だ。


 再び上昇しつつ周囲を警戒する。会敵したのはYak1が四機だった。ヤブサカが二機始末したようで、残りは一機だけ。その一機にヤブサカが追われていた。


「ははは。しくじったぜ。後ろにつけられた。低空なので急降下で剥がせない」


 本来、メッサーシュミットBf109グスタフは中~高高度域が得意な機体だ。メカニカル燃料噴射は高度や機体の姿勢に関わらず安定した出力を保証しているし、流体継手、トルクコンバーターによる過給機の駆動は無段変速といってもいい安定した過給を実現している。技術的に遅れていた日本の戦闘機に慣れていた俺からすれば、夢のような高性能機だ。ただし、旋回性能を除けばだが。


 つまり、グスタフの戦術は急上昇と急降下を繰り返す一撃離脱戦法が得意って事だ。もちろん、そんな事は百も承知しているのだが、今まで扱っていた旋回性能に優れている一式戦との特性の違いは大きい。まだヤブサカのように上手く扱えているとは言えない状態だ。


「香月、早く仕留めてくれ。死にそうだ」


 低空なので急降下できない。ヤブサカは上下左右に細かく機動して的を絞らせない飛び方をしているが、その意図は明白だ。俺の射撃位置へと敵を誘導している。


「香月い!」


 本当に切羽詰まっているような叫び声をあげるヤブサカだ。彼の二つ名はデスザブルースカイ。蒼空の死神と呼ばれているヤブサカが何故? と思わなくもないが、これも彼の一流のジョークなのだろう。


 機首を下に向け、降下を始めた俺の正面を全速で駆け抜けるヤブサカのグスタフ。その後ろを全速で追うヤク。


 俺は労せずヤクを照準に捉えた。機首の機銃とモーターカノンが火を噴き、ヤクは爆散した。


「ありがとう香月。助かったぞ」


 全く白々しい。しかし、ロッテの二機が協力して戦うのは空戦の基本ではある。一機が追われればもう一機がフォローする。そして二機で一機を追うなら、単独で戦うよりも撃墜が容易となるのも事実だ。


「いやいや、昨夜は目一杯お楽しみだった香月先生が足腰立たなくなっているんじゃないかと心配していたんだが、そんな事は無くてよかったよ」

「余計なお世話だ」

「んん? 相棒の心配をするのは当然だろう? それとも、〝リア充爆発しろ〟とか言いながら見殺しにした方が良かったのか?」

「リア充だと? そんな言葉を何処で覚えた?」

「何処でもいいだろう。ところで、セナの抱き心地はどうだった?」

「任務中にそんな話をするな」

「ふふーん。照れてる?」

「違う。気になるなら自分で確認しろ」

「アレは趣味じゃないんだ。普通、鬼ババアを抱く気にはならんだろ」

「鬼ババアだと?」

「知らぬが仏とも言う」

「何?」


 趣味じゃない……鬼ババア……知らぬが仏……女性に対して何という悪口だろうか。しかし、ヤブサカにそう言わせるセナとは……やはりただ者ではないのだろう。


「おっと、お客さんだ」

「何処だ?」

「見えてるか? 概ね二時方向。距離5000、同高度に6機。空冷星型の機体だ」


 小さな機影を何とか見つけたが、エンジンカウリングの形状など判別できるはずがない。全く、何て視力をしているんだ。


「よく見えるな」

「ふふ、俺の目は特別製なんだよ。さあ、上昇するぞ」


 機首を上げ上昇を始めたヤブサカのグスタフを追う。


 二対六。普通に考えるならば多勢に無勢。会敵は避けるべきなのだが、あの悪役面にそんな気はないらしい。しかも空冷エンジンの機体と言えばラヴォーチキンのLa5かLa7。厄介な高性能機だった。

 

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