第28話 受付のプレイヤーキャラクター

 基地へと帰投する際、三機の敵機と遭遇した。

 旧ソ連の戦闘機Yak1だ。この機体は東部戦線で俺たちが使っているBf109と激しく戦い、女性撃墜王を生んだ機体としても有名だ。


 リトヴァークとブダノーヴァだったか。

 当時、女性がパイロットとして活躍できる環境があった事に驚いてしまう。日本やドイツ、英国や米国においてもそんな話は聞いたことがない。


 男女平等。

 自由。


 そんなワードが浮かんでくるが、果たしてそうなのだろうか。しかし、この異界アルスの前線でも男女平等なのは旧ソ連と同じなのだ。マリカや鰐石女史、そしてニルヴァーナ司令などの女性パイロットも多い。


 自分たちの星を守るためとは言え、そんな非道が許されるのだろうか。疑問は尽きない。


「高度優位だ。突っ込むぞ」


 ヤブサカ。


 彼の途方もない探知能力のお陰で、会敵時に不利となる事はないようだ。


「わかっている」

「俺に続け」


 機体を右にロールさせつつ背面から降下する。ほぼ敵の真上から狙いを定める。光学レチクルが敵機を捉えた。


 ひょっとしたら、あのパイロットは女性かもしれない。一瞬、そんな想いがよぎるのだが、俺の右手は機械のように反応し発射ボタンを押していた。


 ズダダダダ!


 モーターカノンの曳光弾がYak1のコクピットに吸い込まれ、機体は炎を吹きながら墜落していく。森林に二カ所、爆炎が上がっている。


 残りの一機は高度を下げつつ遁走を始めた。


「追うのか?」

「ほっとけ。燃料が残り少ない」

「そうだな」


 下手に追撃して燃料切れで墜落するのは割に合わない。グスタフは一式戦と違って航続距離は700キロ弱。一式戦は1600キロもある。今回は増加タンクを装備していない為、そろそろ帰投しないと燃料切れとなってしまう。


 俺たちはノーザンブリアの空軍基地へと向かう。そこは立派な滑走路があり、黒々としたアスファルトで舗装されているのだ。俺たちがいたティターニアの、芝生の滑走路とは大違いだ。


「主脚を折るなよ。後が大変だ」

「わかっている」


 中々にうるさい教官様だ。メッサ―は主脚の幅が狭く、バランスを崩すと簡単に折れてしまう。その点、一式戦は安心感があった。


 長い滑走路のお陰で、特に気を使うことも無く着陸を済ませた。整備員に機体を預け詰所へと向かう。


 今日の受付嬢は日系のセナだった。目が大きく黒いショートヘアが可愛らしい。


「お疲れさま。この書類にサインしてね」


 ニコリと微笑むセナだ。俺は彼女から戦果報告の書類を受け取りサインする。撃墜数などは本部がしっかりと把握しており、俺の方から報告する事はない。ただ、出てきた結果を確認するだけだ。


「ねえ、香月さん。この後、一緒にお食事はいかが?」

「ヤブサカと話がある」

「あれれ? 香月さんはあんな悪役面のオッサンが好きなんですか?」

「好きとか嫌いとかの話じゃない」

「へえ? 私にはあの悪役面に恋してるように見えますけど」

「それは絶対にない」

「それは信じられないなあ。じゃあさ、証明して見せてよ」

「証明だと?」


 大きな瞳を輝かせて怪しく笑うセナだ。そんな彼女の足元を見て初めて気が付いた。彼女には影がある。ゴーストではないのだ。


「証明よ。そうね、例えば……」


 三歩ほど歩いて俺に密着してくる。


「例えば何だ?」

「ハニートラップ。政府の要人が海外に出かけた時に引っ掛かったりするやつ。最初は妙齢の美女がお相手するの。それでもなびかない場合は美少女とか熟女。その後は美青年に美少年、最後に出てくるのがヤブサカみたいな怖いオジサンよ」


 美少女から熟女までなら何とか理解できるが、最後の辺の怖いオジサンは到底許容範囲の外になる。そんなサービスがあってたまるか。


「うふふ。ヤブサカの秘密を知りたくないの?」

「ヤブサカの秘密だと?」

「そう。パイロットなのに眼帯してるしね。レーダーついてるんじゃないかって位に感知能力が高い」

「何故それを知っている?」

「だから。知りたいなら私と付き合って」


 蠱惑的な笑みを浮かべるセナである。俺は少しだけ迷ったのだが、あのヤブサカの目の秘密を知りたかったので、彼女と付き合う事にした。


「わかった」

「嬉しいわ。じゃあこの後、地下の駐車場まで来て。エレベーターの前で待ってるから」

「わかったよ」


 手を振りながら、セナが走り去っていく。交代で現れたのはブロンドのグラマー娘だ。彼女の豊かな胸のネームプレートにはリンダとある。


「あら? これからデートですか?」

「そんな所だ」

「羨ましいわ。今度、私も誘ってね」

「ああ。わかったよ」


 俺の手を握って熱い視線を送ってくる。彼女は影の無いゴーストだったのだが、ゴーストがこんな積極的な態度を取るのは初めて見たような気がする。


「おい、香月」


 背後から声をかけられた。振り向くとそこにはあの、悪役面のヤブサカがいた。


「これからどうする? 一杯付き合わんか?」

「今夜はやめとく。ちょっと用ができた」

「ほほう」


 訝し気に俺を見つめるヤブサカである。そしてリンダを見つめてニヤリと笑う。


「明日でいいから抱き心地を教えろ。あの娘、狙ってたんだ」


 俺の耳元で囁く。

 ヤブサカはブロンドのリンダを狙っていたのか。


「上手くいったらな」

「頼むぜ。先輩」


 何が先輩だ。しかし、ヤブサカはあの風体だ。女性を口説こうにも上手くいくことは珍しいのかもしれない。女関係でなら俺の方が先輩って意味なのだろう。

 

 俺は着替えてから地下の駐車場へと向かった。






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