第27話 グスタフのロッテ

「どうだ? メッサーは快適だろ?」

「そうかもな」


 上昇していくヤブサカの機体を追う。この機体のエンジンは倒立型のV型12気筒。DB605だ。クランクシャフトの下側にシリンダーを配置した特殊なデザインとなっている。前身のDB601は日本でもライセンス生産され、三式戦飛燕や艦上爆撃機彗星の発動機として搭載されている。エンジンの回転は滑らかで、俺が乗っていた一式戦の星型エンジンとは振動の出方が随分と大人しい。そして滑らかに吹き上がるのも気持ちがいい。そして何より優れているのが流体継手を使用した無段変速の過給機と、機械式の燃料噴射装置だ。通常はキャブレターを使用するので機体の姿勢や高度に影響を受ける。しかし、クランクシャフトからの入力で各シリンダーに燃料を供給するこのシステムにはそれがなく、高度性能と急降下時における安定性に優れていた。英独戦、バトルオブブリテン時において、旋回性能に優れた英国のスピットファイアだったが、急降下においてキャブレターからの燃料供給が停止しエンジンの出力が低下するという事態が発生した。急降下するBf109にスピットファイアは全く追いつけなかったらしい。


「香月。突然だが哨戒任務だ。このまま高度6000を維持」

「了解」


 哨戒任務。敵陣営と出会わなければただ飛ぶだけだ。しかし、何もない事の方が珍しい。こうして飛んでいれば、何がしかの敵と出くわすものだ。


 俺がいるノーザンブリア陣営は二方面で戦っている。俺が元いたティターニアとダジボーグ。今、俺たちが飛んでいるのはそのダジボーグ方面になる。


「出てくるのは旧ソ連機だ。戦った事はあるか」

「ない。貴様の説明を聞いただけだ」

「そうだったな。戦闘機は概ね軽量で旋回性能が良い。格闘戦で挑むと簡単に背後を取られるぞ」

「そうらしいな」

「教えた通り、一撃離脱を忘れるな。Bf109は旋回性能に劣るが速度と急降下性能は抜けている。降下しながら攻撃し、速度を保ったまま再上昇しろ。仕留められなかった場合は高度の優位を保ちながら攻撃の機会を伺え」

「承知している」


 中々に口うるさい教官殿である。しかし、本気で俺にBf109グスタフの操縦を叩きこもうとしているのもよくわかる。昨日の敵は今日の友、そんな感覚なのかもしれない。


 ノーザンブリアの空軍基地より北方。

 ダジボーグとの境界を飛ぶ。


 今、乗っているBf109グスタフは確かに高性能機だ。しかし、俺とこの機体の相性は良いのか疑問はある。当面はこの機体を上手く操る事でしか戦う術はないのだ。


 俺はヤブサカのやや左後方100メートルの位置につき周囲を伺う。今のところ他の機影はみられない。


 しかしあの男は片目でパイロットをこなせるのだろうか。片目ゆえ遠近感を把握できないであろうし、そもそも視界が狭くなる。そんな、パイロットとして不利な条件で戦っている事は理解しがたい。


「俺の視界をカバーしてくれるのか?」

「当たり前だ。お互い死角をカバーし合うのが常識だろう」


 俺が心配しているのを読まれたようだ。


「俺の目の事は気にしなくていい」

「勘か?」

「いや、そうじゃない。生き残れたらそのうち教えてやるよ」


 意味深な言葉だ。しかし、片目に眼帯を被せておいて、視界が狭くならないはずはない。ヤブサカが何か隠しているのは間違いがないだろう。


「おっと、お客さんだ。三時の方向。同高度に二機」


 俺は右方を確認するも、機影は確認できない。


「見えんぞ。本当にいるのか?」

「いる。ついて来い」


 ヤブサカの機体が上昇しつつ右に舵を切っていく。俺もスロットルを全開にしてついていくのだが、開けるタイミングが若干遅れたため少し離されてしまう。


「遅れるなよ。距離は9000ほどだ」


 9000だと? そんな距離の、しかも小型の戦闘機が見えるのか?


「俺を信じろ。後1500ほど上昇してから降下して叩く」

「わかった」


 あいつの機体にはレーダーでも搭載されているのか? いや、そんなはずはない。単発レシプロ戦闘機の機首にレーダーなど搭載できるはずがない。それに発見したのは三時の方向、つまり機体の真横だ。たとえレーダーを搭載できたとしても探知できない方向になる。


「ここから降下するぞ。俺のラインをトレースしろ」

「ああ」


 意外に機敏な動きを見せるヤブサカのグスタフだ。同じ機体なのに俺は離されながらついていくのに精いっぱいだ。


「見えた。Yak9が二機。一機はお前の獲物だ。しくじるなよ」

 

 小さい機影を捉えた。

 およそ、時速850キロメートル程で降下しつつ狙いを定める。ちょうど正面、上方30度からの射撃だ。


「あばよ」


 先にヤブサカが射撃し、曳光弾が敵機に吸い込まれるのが見えた。すかさず俺も射撃体勢に入る。たった一航過。射撃チャンスは僅かしかない。


 ダダダ!


 機首の13ミリ機銃とプロペラ軸の20ミリモーターカノンが火を噴き、弾が敵機に吸い込まれていく。完全な奇襲が決まったようで、相手は気づく間もなく機関砲弾を喰らっただろう。


「上出来だ。帰投するぞ」

「ああ」


 俺とヤブサカは降下から水平飛行へと移行し、基地へ向かう。悪役面のヤブサカだが、空においては頼りがいのある男だと理解した。そんな空戦だった。


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