第21話 香月隊奮戦
「祐! 祐!」
旋回中だった彼の一式戦が被弾して火を噴くのが見えた。私は彼の名を呼びながら機体を捻り、彼を撃った黒いジェット機を捉えた。
機首の20ミリ機関砲が火を噴き、曳光弾が黒い機体に吸い込まれていく。そいつはあっけなく爆散した。高速のジェット機なのだが、逆に低速域では鈍重だ。
もう一機は上昇し始める。馬力にモノを言わせて振り切るつもりか?
しかし、その背後には髭面の二式複戦がぴったりと追従していた。機首下面の37ミリ砲が僅かに火を噴く。ほんの数発だけの射撃だったが、そのジェットもバラバラになった。
祐の一式戦は火を噴きながら降下し、穴だらけになった滑走路に滑り込んだ。
「祐! 応答しろ!」
私は低空を速度を絞りながら滑走路上空を飛ぶ。祐の一式戦は火を噴きながらも停止した。しかし、コクピットの風防は開かず、祐が脱出した気配はない。
「高度を上げろ! ドーラがいる」
髭面の叱責で目が覚めた。祐の事は心配だが、彼に気を取られて私が堕ちてしまっては話にならない。上空から長鼻のドーラが機関砲を撃ちながら突っ込んできたのだが、更に高度を下げる事で交わすことができた。上昇すると見込んでの射撃だったから当然か。僅かにプロペラが地面を叩くが構わず機首を上げる。特に破損はないようだ。運が良かった。
私を狙っていたドーラは水平に旋回しつつ、背後に回り込もうとしている。私は何度も振り向きつつ、位置関係を把握する。
「そのまま真っすぐ飛べ」
何と、正面から髭面の二式複戦が迫って来ていた。髭面の機体は機関砲を撃ちながら私の機体の一メートル上側を通過する。馬鹿な。なんて近距離ですれ違うんだ。接触したらどうする!
しかし、その奇襲は相手の想定外だったようで、髭面の射撃がちょうどドーラを捉えていた。私の背後でドーラ、Fw190Dはバラバラになって燃え上がる。
上空では、ヴェルガーと紫電改、零戦が格闘戦を行っていた。軽快に旋回を続ける零戦に翻弄され、連中はまともに射撃位置を取る事ができないでいた。そして、紫電改である。あの機体には自動空戦フラップが装備されており、鈍重な見た目と違って旋回性能が優れている。空戦フラップを使用すれば旋回半径を縮める事は出来るのだが速度は落ちる。それを生かすも殺すもパイロットの腕次第であろう。
紫電改の
この見事な連携に、敵のフォッケウルフ隊は全機墜落していた。また、メッサーシュミットと戦闘爆撃機のハリケーン隊の戦いでは、数で圧倒しているハリケーン隊と二式複戦隊が優勢であり、メッサーシュミットBf109各機は逃亡を始めた。また、シューティングスターを含む米軍機は爆撃隊を護衛している四式戦と零戦との激しい空戦となり、双方に相当な損害が生じたのだが、それでも数で圧倒していた。生き残ったメッサーシュミットは逃亡を始めた。
「地上部隊が到着するまで、ヴァルボリ上空を制圧する」
「了解だぜ、お嬢さん」
香月小隊の七機は高度3000メートルまで上昇し、緩やかに旋回を始めた。中低高度において、敵戦闘機は全て撤退した。上空、10000メートルでの戦闘はどうなっているのか。
私は上方を警戒した。もし我が陣営が圧倒しているなら、高度を下げて離脱してくる機体がいるかもしれないからだ。
案の定、小型の無尾翼機が降下してきた。これはコメート。ロケット燃料を使い果たしたMe163が滑空しながら高度を下げてきていたのだ。
「上だ、コメートが降下してきている」
「なんだと」
小隊の意識が上方へと向く。そうだ。このロケット戦闘機は私たちのレシプロ戦闘機と比較して桁違いの性能を有している。10000メートルまでの上昇力は三分少々、最高速度は960キロメートルだ。しかし、ロケットエンジンの噴射時間は八分ほどしかなく、ロケット燃料を使い果たした後は滑空するしかない。
「今は滑空している。墜とせ」
「了解した」
香月小隊の各機がコメートに襲い掛かる。燃料も無く残弾もないロケット機は成す術もなく撃墜されていく。
「六機の撃墜を確認したわ。弾が残ってる機体が発砲してきたのにはちょっとビビったけどね」
二式戦の鰐石女史だ。とりあえず、ここの敵機はあらかた片付いた。上空ではまだ空戦が続いているが、祐を救助できる時間はあるかもしれない。しかし、滑走路は先の攻撃で穴だらけになっており、着陸できるスペースがあるのかどうかはわからない。
「鈴野川女史。どうする? 香月氏を救助するか?」
「そうしたいところだけど……通信ね」
緊急信号を受信した。次いでティターニアから通信が入る。
「ヴァルボリの手前で地上軍が足止めされているらしい。私たちに援護要請が入った」
「行くのか? 香月氏は?」
髭面が気を使っている。
ここ、ヴァルボリまで地上軍を迎えなくては意味がない。祐の事は心配だが、優先すべきはこの空軍基地の占領なのだ。占領できれば祐を助けることができるはず。
「地上軍の援護を優先する。弾は残っているな」
「十分とは言わんが、数回掃射する程度はあるぜ」
「私もよ」
髭面と鰐石女史が応答してきた。紫電改と零戦の四名もまだ残弾はあるという。
「さっさと地上軍を通すわよ」
「了解だ」
私たちは指示された座標へと向かう。ここ、ヴァルボリ空軍基地より二十数キロ東の地点だ。夜明けと同時に渡河する予定だったのだが、待ち伏せされていたらしい。
私たち香月小隊とハリケーン隊と二式複戦隊が渡河予定地へと急行する。機銃掃射での援護であったが、効果は十分だった。二十数機の戦闘機が交互に地上掃射をするのだからたまったものではないのだろう。味方の機甲師団は敵の防御を易々と突破し、数時間後にはヴァルボリ空軍基地を占領した。
基地に戻った私は祐の情報を待った。彼の機体は火を噴いていたが、上手く着陸したため機体は大きく破損していなかった。必ず救助されたと信じていたのだがその報告はなく、見つかったのは燃え尽きた一式戦だけだった。
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