番外編☆ライムグリーンと共に

第22話 彼の残したNinja

「アマガエルみたいな薄っぺらい色」

「センスない」

「音がうるさい」

「女の乗り物じゃねえよ」


 そんな罵声に耐えかねた私は、思わずヘルメットを振り回していた。


 ゴツンと鈍い音がする。


 どうやら奴の鼻先にクリーンヒットしたようだ。

 噴き出す鼻血を抑えながらうずくまる軽薄な男は、血と歯の欠片を吐き出していた。歯も折れたらしいが自業自得だ。


 私の愛車、ライムグリーンのGPZ900Rを貶す奴は誰であろうと許さない。


 私の大切な人が残したオートバイ。彼の口癖は「バイクはカワサキに限る」だった。そして自分の事を「大カワサキ原理主義者」とも言っていた。彼の愛したオートバイはカワサキGPZ900Rだった。色は淡い緑色。カワサキのレーシングカラーであるライムグリーンだ。


「ニンジャはな、あのトップガンでトム・クルーズが乗っていたバイクなんだ。映画の影響からか、全米で大人気だったんだぜ。当時の日本は排気量の上限が750ccだったから、900は逆輸入でしか買えなかったんだ」

「ライムグリーンはカワサキのワークスカラーなんだぜ。エディローソンのライディングで1981年にAMA(全米モーターサイクル協会)スーパーバイクレースで優勝したマシンのレプリカがZ1000R。これが市販車最初のライムグリーンなんだ」

「カワサキの、この妙にガチャガチャいうメカノイズがイイんだよな。不整脈みたいなアイドリングも味がある」


 長所も短所も、何でもかんでも大好きだってのが丸わかりだ。ここまで溺愛できるのも信じられなかったんだが、彼はそんな人だったのだろう。どんな分野にも強度のオタクはいるものさ。


 そんなバイクが大好きだった彼はいなくなった。とある自殺名所の崖にこのバイクを残して。


 自殺だ。心中だ。

 そういう噂が流れた。同じ日に同じ場所で、二人の女子高生が失踪したからだ。


 警察も自殺の線で捜査していると聞いた。


 しかし、私にはそれが信じられなかった。あんなにバイク好きだった彼が、時には私の事よりもバイクを大事にしていた彼が、この愛車を残して自殺なんてするはずがない。私はそう確信していた。


 私は彼が残した僅かな足跡を元に、独自の調査を始めた。そして掴んだのが、とあるゲームセンターの航空機シミュレーターバトルだった。


 そのマシンはいわゆるVRMMOVirtual Reality Massively Multiplayer Online(仮想現実大規模多人数オンライン)の端末で、大戦期のレシプロ戦闘機を操縦し世界中のプレイヤーと対戦するというものだ。


 彼は元々、ゲームに熱中するタイプではない。しかし、彼がこのゲームに入れ込んだのには理由があった。それは〝賭けバトル〟である。勿論、彼が賭けバトルに熱中したのではなく、賭けに巻き込まれた二人のJKを救おうとしたのだ。


 そのJKの名は青海おうみ絵麻えま霧口きりぐち奈美なみといった。彼女達は時々クレーンゲームを楽しむ程度で常連ではなかったが、とある半グレのグループに声を掛けられた。


「ゲームで勝つとお金がもらえるよ。負けても大丈夫。お金は払わなくていいから」


 そんな誘い文句だったらしい。絵麻と奈美はそれに乗った。奈美の方がどうしても欲しいフィギュアがあって現金が欲しかったかららしい。

 張り切ってシミュレーターバトルに挑む絵麻と奈美だったが、素人がまともに航空機の操縦ができるはずもなく、バトルは連戦連敗だった。


「私たち向いてなかったね。ごめんなさい」

「ごめんなさい」


 懸命に頭を下げる絵麻と奈美だったが、彼女達は開放してもらえなかった。


「一戦あたり5万だから、お金を払うなら35万だ。払えないなら体で払うようになるよ」

「え? さっきお金はいらないって。お金なんか持ってないよ」

「だから、体で払えばお金はいらないの。意味、分かるでしょ? 君、おっぱいがもの凄く大きいから、ボスも大満足するんじゃないかな。そっちのロリっ子もマニアには大ウケするよ」


 半グレ連中に囲まれた絵麻と奈美だったのだが、そこに偶然居合わせたのが彼だった。元自衛官でパイロット候補生だった彼は、そのシミュレーターバトルバトルで7連勝し、絵麻と奈美の負債をチャラにした。


 その日から、彼の周りに絵麻と奈美が付きまとうようになった。大柄で巨乳の奈美と小柄で貧乳な絵麻のコンビだったが、彼は不思議とこの二人を拒否しなかった。


「俺、目の怪我したからね。右の視力が悪くなって、パイロットとして役に立たなくなった。自信は無くなるし喪失感も半端なかった。そんな俺でも十分役に立った。彼女達を助けることができたんだ。そう思うとあの二人は妹みたいで可愛くて仕方がない」

「私よりも?」

「いや、君とは比べられない」


 意地悪な質問だったかもしれない。彼は本当の家族のように、あの二人を可愛がっていた事はよくわかっていた。


 最初は半グレ連中に何かされたのではないかと思った。そう、彼と絵麻と奈美の三人が失踪したのだから疑って当然だ。しかし、連中は何も知らなかった。むしろ、操縦技術が優れていた彼は連中が欲している人材で、連中も彼をスカウトしようと探していたらしい。


 それならば何処に?


 手探りで探った情報の中に手掛かりかもしれないものがあった。それは、ゲームの運営に関わっている人物が彼の事を執拗に調査していたというものだ。


 その情報を提供してくれたのが、そこで蹲っている軽薄男だ。私が色仕掛けで情報を引き出し、いざラブホへ入ろうというタイミングで焦らした。そうしたら彼の愛車に罵詈雑言を浴びせてくれたので、結局ヘルメットでぶん殴ってしまったという訳だ。


 地面にはいつくばって呻いている軽薄男はそのまま放置し、私はヘルメットを被ってNinjaに跨った。そして駐車場から夜の街へと飛び出す。目指すはあのゲームの運営関係者の拠点だ。

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