第19話 大規模空襲の発動

 翌日の0330。大方のパイロットは格納庫前に集合していた。俺の隊の惣太夫だけが10分ほど遅刻した。


「すまねえな」

「飛べるのか」

「問題ねえよ」


 相変わらずの軽口をたたいている。しかし、無事でよかった。ニルヴァーナの副官だという副指令が挨拶し指示を出す。


「作戦は事前に説明した通りだ。偵察機の誘導に従え。発進順は高高度護衛隊の戦闘機、爆撃機、戦闘爆撃機、そして戦闘機だ。今日は戦闘機にも増槽とタ弾を装備している。敵基地攻撃に使え。基地の手間で迎撃に遭遇した場合は投棄しろ」


 タ弾を載せるのか。重量は60キロ。小型の成形炸薬弾を30個束にした小型のクラスター爆弾であり、滑走路に駐機している機体や基地施設への破壊には役立つらしい。


 先ず、グリフォン搭載のスピットファイアの発動機が回された。次はマーリン搭載型だ。こいつらが後方のイージアス基地から出撃してくるランカスターとハリファックスの護衛をする。


 次いで一式陸攻、百式重爆、四式重爆の双発爆撃機の発動機が回された。26機の大型機、それに搭載されている大型の星型エンジン52基が一斉に爆音を立てて回り始める様子は圧巻である。


 爆装した戦闘爆撃機のハリケーンとタイフーン、二式複戦がそれぞれ始動し、零戦と四式戦、そして俺たち低高度迎撃隊の8機の発動機が回り始める。


 俺は左側の主翼に登ってからコクピットへと座る。右主翼に立っている整備員から声を掛けられた。


「この機体での爆弾投下は初めてですよね」

「ああ」

「右の赤いレバーが爆弾投下です。その横のグリーンのレバーが増槽の投下。投下する前に必ず燃料タンクの切り替えを行ってください」

「大丈夫だ。シミュレーターでは何度もやっているから」

「香月さん。健闘を祈ります」


 俺は頷きつつその整備員と拳同士をぶつける。そのまま風防を閉じその場で待機する。


『爆撃隊から先に発進しろ。その次は香月隊。ハリケーン隊。零戦隊。四式戦隊の順だ』

『香月了解』


 副指令からの指示に各部隊の隊長が応答し、その間にも一式陸攻が爆音を上げながら滑走路を走りぬけて飛び立っていく。次いで百式重爆、四式重爆が離陸していった。


『次は香月隊だ。遅れるなよ』

『了解』

『了解だ』

『わかってるわ』


 鰐石女史、水之上、そしてマリカが応答する。他の四名も間を置かずに応答して来た。手を振る整備員に敬礼で応えつつ、俺はスロットルを押し

全開にした。一式戦闘機三型改は誘導路から滑走路へと侵入しそして離陸した。すぐ後ろにはマリカの五式戦と鰐石女史の二式戦。その後ろから水之上の二式複戦と零戦二機、紫電改二機が続いた。


『俺たち香月隊は真っ先に低高度から突っ込む。滑走路にタ弾をばら撒き、可能な限り敵の機体にダメージを与える。しかし、奇襲が失敗、つまり既に迎撃機が飛び立っている場合は速やかにタ弾と増槽を投棄、護衛任務に徹する。高度1000メートル、巡航速度は400キロを維持しろ』

『了解』


 夜の無いアルスの空は薄暮の状態が延々と続く。月も無く星が瞬くことも無い。俺は当初、この夜景に違和感すら持っていなかった。しかし、マリカと接してから気付いた。俺たちが戦っているこの世界は異界である事を。


 異界アルス。

 宇宙の一角にある謎の時空間。


 ここでは太陽が昇って沈む以外、天体の運行を認めることはない。太陽が沈んでも薄暗い薄暮の状態となり、真の闇に閉ざされることがない。理由は不明だが、考えられるのはバトルの為のフィールドをこの時空間に構築している事だと想像している。


 戦っている相手はわからない。マリカの話では宇宙の闇なのだという。悪霊のようなものなのか、それとも他の次元の存在なのか。単純に宇宙人とは言えない何かである事は間違いない。しかし、何故か同じルールで戦っているのだ。本物の戦争というよりは、何かのゲームであるような雰囲気もある。だったら何のために命を懸けて、この大空へと舞い上がっているのだろうか。


 全ては謎のまま。しかし、一つだけハッキリとしている。それは、俺たちは俺たちの故郷である地球を守るために戦っている事だ。それは地球を守るだけではなく、銀河系をも含むこの宇宙を守る事でもあるらしい。


 この話はマリカから聞いただけで、俺自身、理解できているわけではない。話の規模が壮大すぎるからだ。しかしこのアルスで、レシプロ戦闘機を使ったガンファイトで勝ち続ければ世界の平和を守れるのなら命を懸ける意味があると思っている。


 俺たち香月隊は爆撃機を追い越し、更に先行している。俺たちに続くのはハリケーンと二式複戦の戦闘爆撃機隊。そして爆撃隊とその直衛である零戦と四式戦だ。俺たちが真っ先に飛び込んでヴァルボリの空軍基地を叩く。発進前の迎撃機を破壊するのが目的だ。戦闘爆撃機隊が対空砲陣地を叩く。そしてヴァルボリの基地施設とウェセックスの工場地帯を爆撃隊が叩くという算段なのだが、上手くいくのかどうか。もし、待ち伏せされているとすれば、俺たちが真っ先に叩かれるはずだ。


『香月隊は更に高度を下げる。山あいを飛べ。ぶつけるなよ』

『誰に向かって言ってんのよ』

『そうだ。舐めるなよ』


 俺の指示に応答したのはマリカと水之上だった。

 

 しばらくは標高は数百メートル程の低山が続いている地域となる。その山あいを抜けてヴァルボリの空軍基地へと向かうルートを取る。低山とは言え薄暮の時間帯だ。山中は暗く接触や墜落の危険性は高い。しかし、香月隊の面々はこの超低高度の飛行にも難なく追従している。


 ヴァルボリまであと数分と言った距離で、先行していた偵察機より連絡が入ってきた。


『敵基地に航空機多数集結するを確認。迎撃機P51が数機離陸。我、攻撃を受け回避行動に移る』


 奇襲が成功するなど虫の良い話はないだろう。しかし、迎撃態勢が整う前に飛び込めるなら、それは幸運だ。


『各機増槽を投棄して全速を出せ』


 俺の指示に従い、各機とも胴体下もしくは翼下にぶら下げていた増槽、予備燃料タンクを投棄した。そして前方には偵察機のモスキートを攻撃しているであろう対空砲火が見えた。

 

 



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