第18話 奇襲の傷跡
ヘルキャットとの戦闘を終えた俺たちは意気揚々と帰還したのだが、基地周辺は派手に爆撃を受けていた。我々のティターニア基地とオベロンの街が標的となっていたのだ。ヘルキャットは俺たち低高度迎撃隊を引き付ける囮役であったようだ。青々とした芝に覆われていた滑走路の数カ所には大きな穴が開き、航空機の格納庫にも爆弾が命中し火災が発生していた。
「ここを襲ったのは高高度から侵入してきたB29だよ。ニルヴァーナ率いるスピットファイアが迎撃に上がったのだが、後手を踏んでいてな。高度を取る間もなく護衛のP51との戦闘となった。損害は60系マーリン搭載型のマーク9が四機、グリフォン搭載型のマーク14が四機だ。ニルヴァーナのモスキートは果敢にB29へと挑んだのだが、被弾して不時着している」
マグノリアの説明を聞く。迎撃に上がり高度を取ろうと上昇している時にP51の奇襲を受けたという事か。マーリン搭載型がP51と戦い、グリフォン搭載型とモスキートがB29へと挑んだのだ。
しかし、戦果はP51が二機、B29が一機。例のエンジン換装型で重武装のB29が二機護衛していた。迎撃高度に達する前に邪魔をされ、更には護衛の重武装型までいたのだ。戦果をあげられず損害の方が多かったことは当然と言えば当然であろう。
「ニルヴァーナはどうした?」
「負傷してベッドに押し込んである。命に別状はないが、一週間は飛ばないほうがいいだろうな」
「そうか。それなら良かった」
「ん? 司令が墜ちた事が嬉しいのか?」
「いや。司令は司令らしくここで作戦を考えて指揮していればいいんだ。怪我をしたことは気の毒に思うが、今後は本来の職務を遂行して欲しいものだ」
「ごもっとも」
俺の意見に静かに頷いている。そもそも、司令が自ら戦闘機に乗って前線に出るなど聞いたことがない。
「あ、そうそう。君の隊の零戦パイロットは救助したぞ」
「
「かすり傷一つなかったようだ。ピンピンしていると報告があったよ」
「よかった。機体の方は?」
「回収はしたが水没したからな。再生するには一ヶ月以上かかる。新しい零戦を用意するよ」
「すぐに用意できるのか?」
「ああ。その辺りの対応は早いよ」
機体の補充に関しての対応は早い。生産体制などがどうなっているのかは知らないが、パイロット一人に対して必ず航空機があてがわれる。ある時は複数の機体がである。何かの、大きな勢力が背後にある事はわかっているが、それが何なのかは分らない。気にしても仕方がない事なのか、それとも触れてはいけない事なのか。どうだろうか。俺は後者が正解であると感じている。
「それじゃあ俺はニルヴァーナの見舞にでも行ってくるか。何か、見舞の品はないか?」
「食堂に行ってみな。果物や菓子類ならそこで手に入るだろう」
「わかった。ありがとう」
俺はマグノリアと別れ、食堂へと向かった。
ここアルスでは、爆撃の傷跡は徐々にだが自然回復していく。滑走路に空いた大穴は黒ずんだもやに包まれているのだが、明日には元通りに青々とした芝の覆われているだろう。破損した格納庫も数日のうちに、誰の手も借りずに修復される。被害に遭った人員についても、ゴーストは直ぐに補充されてしまうのだ。こんな様を見せつけられては何かあると考える方が自然だろう。すぐに補充されないのは、影のある人間だけだ。俺たちの命だけは復活しない。
俺は食堂に寄って果物が盛られたバスケットを入手し、ニルヴァーナが突っ込まれているという病室へと向かった。
「香月か? 入れ」
相変わらずだ。俺がドアをノックする前に彼女が声をかけてきた。どんな特殊能力を持っているのだろうか。謎であるが、これに関しては深く考えても仕方があるまい。
「見舞に来たぞ」
「情けないところを見せてしまったな」
「墜ちるなんて事は誰でもあるさ。元気か」
「ああ。少し切り傷が深くてな。一週間は動くなと言われたよ。まあ来週からは一緒に飛べるさ」
「無理はするなよ」
俺はサイドテーブルにバスケットを置く。すると、病室にワゴンを押しながらカミラが入ってきた。俺の姿を見てすぐに深く礼をする。
「香月さま、申し訳ありません。司令からお世話をしろと命令されまして……」
気まずそうな顔だ。カミラからすれば、俺専属の給仕のつもりなのだから、他の人物の世話をしろと命令されるのは困るのだろう。しかし、対照的にニルヴァーナの表情は明るい。
「気にするな。今は早く、司令が回復されるよう尽力した方がいい。俺たちにとって大事だからな」
「それはそうですが」
尚も不満げなカミラだった。ニルヴァーナはその様を笑いながら見つめている。
「そうだ。今日はやられてしまったが、明朝、仕返しをするぞ。敵方のヴァルボリとウェセックスを攻撃する。後方のイージアスからランカスター16機とハリファックス8機の計24機。ここティターニアからは一式陸攻12機と百式重爆8機、四式重爆6機の26機。戦闘爆撃機はハリケーン12機、タイフーン8機、二式複戦甲型8機の計28機。護衛の戦闘機はスピットファイア各型計24機と零戦12機、四式戦12機の48機、それとお前の隊の8機だ」
「なるほど、よくそれだけ集めたな」
「ああ、ちょっとな。無理を言って方々から集めた。空挺部隊と地上部隊も連携する大規模な作戦になる」
「そうなのか? ではヴァルボリまで占領するのか」
「そのつもりなのだろう。我々の仕事はヴァルボリの航空戦力を殲滅する事だ」
「なるほどな」
「発進は明朝0430。攻撃開始は0600になるだろう」
「わかった」
俺は時計を見る。現在時刻は16時。早めに食事を済ませて睡眠を取らなくてはいけない。詰所では明朝0330集合との通達を受け、皆が不満げな表情を露わにしていた。特にマリカの不機嫌さは顕著だった。
「今夜、お邪魔しようと思ってたんだけど?」
「遠慮しとくよ」
「昂って眠れないかも」
「自分でどうにかしろ。寝不足で飛べないのは困るぞ」
「わかってるわ」
「ならそうしろ」
「そうね。仕方ないわね」
などと言いながら俺に抱きついてきて唇を重ねてくる。水之上がヒューヒューと口笛を吹くのだがどうしたものか。
「さっさと飯食って寝ろ」
「ふん」
俺の頬をつねった後、尻を振りながらマリカが去っていく。水之上と鰐石がそれを見つめ、ニヤニヤしながら何か言いたそうな顔をしていたのだが、俺はそれを無視して自室へと戻った。
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